フォークダンス




 パーシヴァルの故郷であるイクセの村で、毎年行われているというこの豊饒の祭りは、グラスランド全土を巻き込んだ戦争が終結したこともあってか、人々の表情は明るいものだった。
 戦争中にこの村は焼き払われ、幾人もの犠牲者が出ている。けれど、それを忘れることなく、悲観することなく、あるがままに受け入れる強さがあるのだろう。ボルスは、それをすごいことだと思う。


 村の中心にある小さな広場に、多くの人々が集まっていた。外からやってきた者はボルスを含めてもほとんど居ないと言うから、恐らく村中の者が集まっているのだろう。皆で二重の輪を作って並ぶ人々の中に連れられ、何が始まるのかと周囲にちらちらと視線を流した。
 ボルスの手を引いて輪の中に入れた張本人であるパーシヴァルは、すぐ隣の輪に混じっているが、彼に視線を送ってもその内わかる、とそれだけで取り付く島はない。
 輪の外から軽快な音楽が流れた。数人の楽器を持った人々が奏でる音だ。ボルスの前に居た少女がお辞儀をして手を差し出した。困惑のままその手を取れば、にこりという笑顔と共に繋いだ手を振り回された。少女の動きに翻弄されつつ助けを求めてパーシヴァルを見やれば、こちらは妙齢の女性を相手に軽やかに踊っていた。社交場で見かけたことのあるものとは違い、単純な振りとステップのそれは子供の遊戯のようなものだったが、それでも彼が踊れば様になるのが不思議である。
 そこで、漸く己がどういう状況にあるのかを理解した。ボルスも社交ダンスは一通りこなせる。上手いとは言わずとも下手ではない。踊りであるのだと理解出来れば、その後順応するのは早かった。パーシヴァルの動きと少女の動きを見ながら振りを真似る。繰り返しの単純な振りはすぐに身体が覚えた。ボルスが少女をくるりと回転させれば、ボルスのリードに一瞬少女が瞳を丸くしたが、すぐに嬉しそうな笑顔を見せた。
 一人と踊る時間は短いようで、数分の後にはお辞儀と共に輪がすれ違いに動き、次の者とまた手を取る。
 ボルスの知るダンスでは男女でペアを組む。けれど、この踊りでは老若男女問わず相手となって踊った。
 ふと探したパーシヴァルの姿はボルスからは遠ざかっていたが、今は周を回り逆に近付いてきている。始まりの地点は近かったが、別々の輪に入っていたことと、その動きが逆であった為だ。今彼が踊っている相手は己とそう歳の変わらないと思われる青年だった。本人達も周囲も気にかけることなく手を取り合って踊る姿に、今ならば己もそうしてパーシヴァルと憚ることなく手を取って踊れるのだと気付いた。
 他者の前では特に触れられることを嫌うパーシヴァルに、拒まれることなく接触できる機会はそうない。ボルスは徐々に近付く彼の姿にどきどきし始めた。あと三人、二人…。
 漸くパーシヴァルと向かい合うと、彼が苦笑するのがわかった。赤い顔でもしていたのだろうが、それはかがり火に照らされた所為なのだと心の中で言い訳をしておいた。
 差し出された細くて形の良い指先を握ってしまいたい気持ちを抑えて、そっと手を差し出せば……。
 じゃん、と一斉に鳴った音を合図に音が消えた。曲が終わってしまったのだ。驚きにパーシヴァルを見れば差し出されていた手は下ろされていた。周囲の者も一礼と共に輪から離れていく。これで踊りはお開きなのだと悟って、ボルスは落胆に肩を大きく落とした。
「…残念だったな」
 そう言ってあっさりと場から離れるパーシヴァルが、逆恨みながらも心底恨めしかった。



 広場の隅、民家の壁に凭れて溜息をつく。気落ちしたボルスを他所に、村人達は飲み物を手に陽気に語り合っている。どうやら広場はダンス場から酒場へと様相を変えているようだ。ボルスはもう一度大きな溜息をついた。
「ほら」
 目の前にカップが差し出され、ボルスは隣の壁に背を預けたパーシヴァルを見やった。輪を離れた後は飲み物を取りに行っていたらしい。差し出されたカップを受け取り素直に礼を告げる。どう致しまして、とそっけなく返されたが、パーシヴァルが優しくしてくれることなど滅多にない。故郷の祭りの日ということで、やはりパーシヴァルの機嫌も良いのだろう。それは嬉しかった。
 カップに口をつければ苦味が広がった。麦芽酒らしい。苦手であったが、冷たく喉を通るそれは、踊りで少し火照る身体には丁度良かった。
「そんなに踊りたかったのか」
 酒を片手に歌い始める人々を見つめたままの彼に問われる。ボルスは正直に答えた。
「踊りたかった」
 人々の前で堂々とパーシヴァルの手を取ること。ボルスはそれを恥ずかしいとは思わないし為すことにも躊躇しないが、そういう訳にはいかない立場がお互いにあった。
「…また、来年があるさ」
 パーシヴァルにとっては気休め程度の軽い言葉だったのかもしれない。しかしボルスは壁から勢いよく背を離しパーシヴァルの腕を取った。驚きに瞳を瞠る彼の視線を真っ直ぐに捉える。
「来年も、一緒に祭りに来ても良いんだな?!来年も、お前は俺の隣に居てくれるんだな?!」
 一瞬瞳を伏せたパーシヴァルは小さく笑った。
「さぁな」
 やはりそっけないその答えは、しかし否定のそれではなく、その笑顔はとても柔らかだった。








『踊る』ボルパです。
ボルスは社交ダンスのイメージですが
パーシィは漫画版での祭りのシーンのイメージがあります。
雰囲気としてはあんな感じで想像して頂けるとありがたいです。