読書の秋




「秋は気候も穏やかですし、静かに本を読むには良いと言われていますわ。…こちらなど、如何ですか?」
 そう言ってにっこりと微笑んだのは、図書館司書のエミリアさんだった。差し出された本はそこそこに厚みのあるもので、読み応えがありそうなものだった。急にぽっかりと空いてしまった時間をどうしようかと、図書館に赴いたところだったから、その申し出はありがたく受け取ることにした。
 本を片手に外へと出れば、夏とは違う陽射しはその強さを和らげており、心地良い風も吹いていた。春先の浮き立つ感じとも違う、秋の落ち着いた雰囲気は、確かに気候とも相まって、こうした読書には適していると思った。
 良い天気だから、何処かの木陰辺りで本を広げることにしようと思えば、目星を付けた場所には既に先客が在った。常は対の騎士団服を身に纏っている元赤・青両騎士団長の二人だった。同盟軍のリーダーということになっている自分も、暇を持て余すような日だ。いつもは忙しいこの二人も、今日は休日であるらしかった。
 邪魔をするのは悪いと、そこから離れた木陰に腰を降ろした。彼ら二人も手には本を広げていた。やっぱり秋は読書に向いているのだと、何となく納得してしまった。

 暫く本に没頭していたフェイは、切りの良い章の合間まで読み終わり、ふと顔を上げた。視線の先に見えた二人の騎士団長は、最初に見かけた時と同じく、そこに居た。
 肩が触れるかどうかの位置に隣り合わせ、その背は太い一本の木の幹に預けている。ゆったりと脚を伸ばして座り本を手にする姿は、とても穏やかでのんびりとしたものだった。別に、何処も可笑しくない風景ながら、フェイは首を小さく傾げた。

 彼ら二人はその肩書きを彼の地、マチルダに置いてきていたが、それで彼らの実力が変わる訳ではない。この同盟軍においても、貴重な人材として日々多くの仕事を手にしていた。そんな彼らは、共に休日を過ごすことが稀であった。フェイも、なるべくなら共に休日を与えたいと思うのだが、貴重な人材二人を、同時に休ませるような無駄なことを、軍師シュウはなかなか許してはくれないのだ。

 今日は、そんな稀である、二人揃っての休日である筈、なのだ。
 
 今日は天気も良い。遠乗りが好きだと聞いているし、少しくらいなら外に出たって構わない筈。外に出なくたって、テラスでお茶を飲みながら語り合うのことも、特にカミューさんは好きな筈なのだ。
 本を読むことなんて、一人だって出来る。折角二人ならば、どうして二人で出来ることをして過ごさないのだろう、と。それが不思議に思えたのだ。

 覗き見するようで悪い気もしたけれど、じっと二人の様子を眺めてみた。ただ静かに自身の手の中の本のページを捲るだけで、その内容について語り合うこともしない。視線は本の中の文字を追うばかりで、お互いを見る訳でもない。
 けれど、彼らの表情が、とても穏やかだった。笑みさえも湛えているような、そんな表情は、カミューのみならず、無骨だと言われるマイクロトフからも感じられる。時折触れ合う彼らの肩のみが、唯一の接触する場所であったが、ただそれだけのことも羨ましく思えた。

 フェイは手にしていた本をぱたんと閉じた。そっとその場から立ち、城の中へと戻る道すがらを歩きながら考えた。今日、ナナミは何処に居るんだったかな、と。
 只傍に在るだけで、身も心も休まる存在が在ることを、フェイも知っていた。それを、思い出していた。

 だからもう、あの二人の姿を不思議だとは思わなかった。







隣りに居ればそれで良い。