想いを告げるキス




 買出しに出ていた船の積荷を降ろし、海賊島に運び込む作業が終わり、ハーヴェイは重い積荷の持ち運びによって硬くなった肩を回しながら、酒場へと向かった。
 洞窟の中をそのまま利用しているこの酒場は昼の今でも薄暗い。そんな中、昼時でもあり、ハーヴェイのように作業を終えた者達が集まっているらしく、そこはかなりの賑わいだった。けれどその賑わいの中に、ハーヴェイの恋人は居らず、入り口近くの席を陣取っている男達に声をかけた。
「なぁ、おい。シグルドはどうしたよ」
 狭い酒場内の事、その声は皆に伝わり、奥の席から少年が手を振り立ち上がった。
「ハーヴェイさん!シグルドさんなら、倉庫に居ると思います」
「おぅ、わかった。ありがとな!」
 シグルドと共に荷分けをしていたナレオの言葉に、ハーヴェイは軽く手を上げて場を後にした。
 酒場の奥にはこの海賊島の主である女海賊キカの私室があるが、倉庫と呼ばれる部屋はその手前にある部屋だった。入り口を遮るのには大抵布切れ一枚だが、そこは頑丈な扉が備えられている。海賊風情といえども機密のものは存在する。そういったものを置いておく場所なのだ。
 がんがんと行儀悪くも脚で蹴飛ばせば、中からばさばさと紙の擦れる音が聞こえ、暫くで内側へと開いた。こほこほと咳を零しながら扉を開いた青年は、さらりとした黒い髪に埃を纏わせていた。海賊とも思えぬ品の良い秀麗な顔が、ハーヴェイの姿を認めて緩んだ。
「ハーヴェイか。そっちも終わったんだな」
「さっきな。それより、終わってねぇのかよ」
 狭い中に棚の置かれたそこは、随分窮屈だが、その窮屈な部屋の床には紙の束が散乱していて、埃も舞っている。

「もう、終わるところだったんだよ。急に扉を叩かれたから、ちょっと手を滑らせて…」
「そういうところが相変わらず鈍いな〜シグは」
 特に馬鹿にしているつもりはないのだが、シグルドの返答はやや語気が荒かった。
「お前が乱暴に扉を叩いたりするからだ。棚が揺れて危なかったんだぞ」
「そっか…わりぃ」
 シグルドをからかいたかった訳でもなく、だから素直に謝罪を口にして、足元の紙束を拾い始める。シグルドも最初からそれ程気分を害した訳でもなかったらしく、すぐに笑みを見せた。
「良いよ、ハーヴェイ。拾って片付けるくらいすぐだ。何か用事があったんだろ?」
「おぅ。昼飯一緒に食わねぇかと思ってさ」
「なら、すぐに行く。席を取って待っててくれよ」
 紙の束を拾い上げて腕に抱えるシグルドに、ハーヴェイは疑わしげな声を出した。
「…本当にすぐ来るのかよ」
「あぁ、すぐに行く。ほら、これをしまうだけだからな」
 立ち上がったシグルドは、落ちていた紙の束を拾い集め終わっていた。すぐだと言うなら待っても良いとも思ったが、戻って席を確保する方が有用に思えた。
「わかった。じゃあ、席取っとくぜ。適当に注文もしとくけど良いか」
「あぁ、任せる」
 ハーヴェイを見て笑んだシグルドに、ちょいと伸び上がって口付けた。出会い頭や別れ際にハーヴェイが癖のようにシグルドにしているものだったから、シグルドもそう驚きはしなかった。
 鈍くてしかたないシグルドに自分の想いを伝えるのは至難で、その為に頻繁にしてきた軽いキスだ。漸く拒まず受け入れてくれるようになってもらえ、進歩したと言える。
 先程より機嫌を良くして戻った酒場で待つこと暫し。運ばれたつまみを突付きながら暢気にしていたハーヴェイが、待たせてすまない、とシグルドから口付けられて、思わぬ誤算に椅子から転げ落ちるのは、そのすぐ後のことである。







ハーは結構努力してシグを落としたイメージがあります。
ハーは頭は悪いけど恋愛上手そう(笑)