ログ2・青赤


夕陽・同盟軍です。

 ふと見上げた二階の窓から外を眺める人物は、マイクロトフの良く知る人物だった。
 つい最近まで小さな一室を共に過ごしていた、マイクロトフにとっての魂の半身とも呼ぶべき存在は、見上げる己の姿に全く気付いていないようだった。
 窓枠にゆるく手をついて彼が眺める方向に視線をやれば、稜線を紅く染める夕陽が見えた。
 風が渡る草原とその先にある険しい山々が、一様に紅く染め上げられている様はとても美しい光景だった。
 ふわりと渡る風はやや湿気を含んだ心地良いもの。その風の行く先を追うように、視線を再び窓の内にある佳人に向けた。
 柔らかに髪を舞わせて瞳を細めた彼の姿は、その綺麗な金糸の髪を夕陽に紅く染め、そのまま風景に溶けてしまいそうに儚く見えた。
 彼が瞳の先に見る風景は夕陽ではなく、その先にある、ここからは視認の叶わない何処かなのだと、そう思った。

「カミュー!」

 彼を引き止めておかなくては、と。胸に浮かんだ不安のままに声をかけた。
 瞳を瞬いて後、しっかりと己の姿を瞳に映し微笑む姿に、ほっと息をつく。

「マイクロトフ!夕食はまだだろう?私もなんだ」

 すっと窓から姿が消えた。己の元に来る為に。
 その様子に、深い安堵を覚えた。
 
 遠く、想いを馳せたのは、彼の草原の国だろうか。
 還りたいのだろう。あの地が、彼を呼ぶのだろう。
 けれど、彼の瞳は己を映す。そして、共に在ろうとする。
 ならば、恐れなくても良い。

 もし、彼が己の元を離れる時が来たならば。

 己のすることは、もう決まっている。




泣きたい時・赤の台詞から。

「泣いているのかい」
「…いや…。どうしてそう思う?」
「お前なら、泣けるのだろうと思って」
「カミューは、泣けぬのか」
「そうだね…。私は、泣いてはいけない気がするから」
「どうしてだ?泣きたいのなら、泣けば良い」
「私が泣きたい時は、お前が泣いてくれる」
「…俺が?」
「うん。私の代わりにお前が泣いてくれるのなら、それで良い」
「…では…カミューは今、泣きたいのか」
「え?」
「俺に泣いているのか、と聞いた。本当に涙を零したいのは、カミューなのではないか?」
「……そうだ、と言ったら、お前はどうするんだ?」
「…そうだな…。やはり、泣くか」
「私の代わりにかい?」
「代わりではなく…。カミューが泣きたいことならば、きっと俺にも泣きたいことだろうと思う。だから、きっと泣いてしまうだろうな」
「では、私も泣いてしまったら、良い大人二人で涙することになるな」
「いや、二人では泣かないさ。お前が泣いていたら、俺は泣かない。代わりにずっと抱き締めて傍に居る。…それが慰めになるのかは、わからないんだが」
「それは良いな。泣くのも悪くない気になる」
「素直に泣ければ、それが良いと俺は思うぞ」
「泣くことが出来なくても、お前が居てくれるのならそれで良いんだ。…一人きりで泣くことも、泣けぬことも……それが一番怖いよ」
「カミューを一人で泣かせたりはしないぞ」
「……うん…そうしてくれ、マイクロトフ」




天使と悪魔

 皆が、天使のようだと騒いだ。陽を浴び金に煌く髪、蜜の色をした瞳、真っ白な肌。
 その容姿は驚くほど整い、柔らかに微笑む姿は本当に天使のようだった。
 己が只人であったのなら。きっと容易く騙されることが出来たのに。
 
 その背に見えるのは、漆黒の翼。鳥のそれではない、蝙蝠のもつ禍々しいそれ。骨と筋に覆われた、醜い羽。

 醜く歪んだ羽だというのに、どうしてそれすらも綺麗だと思えるのだろう?
 彼は悪魔だ。それなのに、どうして彼から感じる全てを、清涼な気にしか感じられないのだろう。

 彼の容姿は、人を欺く為に美しく作られているのだ。それなのに。
 ふわりと微笑む彼の笑顔に、心が乱される。
 人々を陥れるための、綺麗な笑み。
 
 ――彼の微笑を独り占めに出来るのなら、陥れられることも甘美であろうか…。

 ふっと浮かんだ思考に首を振る。
 彼は、悪魔なのだ。そうして人々の心を惑わせ、闇へと誘う。

 誘われてはいけない。真っ白な羽が視界を掠める。
 
 ――そう、己は、白い羽の眷属なのだから。彼と相容れることは、決してない。

 視線の先、彼の琥珀の瞳が己を射抜いた。視線が絡んだのは一瞬。それでも、その彼の瞳が。
 甘さを拭った、煌く刃のような光が、その時は己だけを鋭利に映した。
 誰にも見せることのないだろう、その瞳を一瞬でも独占出来たことに歓喜する己の心は。

 相容れぬと知りながら。
 既に己は囚われていた。囚われたことにさえ、未だ気付かぬままに。




苦手・赤の台詞から。
おせんべいですよ。

「…こういうものは苦手なのだけれど…」
「知っている。だが、旨いぞ」
「……そう言われてもな。私には食べ物に見えない」
「そうか?そんなに変わった見た目とも思わんが…」
「…………お前、よくこれを口に入れようと思うな」
「…おかしいか」
「あぁ、おかしいな。お前じゃなければ嫌がらせだと思っただろうな」
「それ程に嫌ならば無理に食えとは言わん」
「そうか」(ちょっとほっとしている)
「……ほら、ほんの少しなら大丈夫だろう?味をみてみろ」
「………」
「ほら、カミュー」
「………………(渋々口に入れる)……っ!!」
「どうだ?見た目と違って、意外と旨いだろう」
「………!!……み、……水……!!」
「あ、あぁ…」
「………お、お前、これを、一枚食べきったのか!?」
「いや…」
「そうだよな」
「ニ・三枚相伴に預かったが」
「……お前、それで平気だったのか?」
「平気とは?」
「だって、ものすごい辛さじゃないか!!舌も喉も痛い!」
「確かにかなりの刺激があったな。だが、味はよかっただろう?案外、この辛さが癖になってな。メグ殿が好む気持ちが少し理解できたぞ」
「…味なんて、感じる暇もなかった…」
「やはり一欠けらではわからなかったか。もう少しどうだ?」
「…遠慮する。…マイクロトフ」
「何だ?」
「…今日はお前とキスしない」
「な、何だと!?どうしてだ!カミュー!」
「痛いから」
「痛い?…舌と喉が痛いから、か?」
「そうだ」
「……わかった。口直しを用意する。痛くなくなれば、しても構わないのだろう?」
「普通の口直しではだめだぞ」
「了解した」

たくさんの甘味を前にして。
「…災い転じて福…だったかもしれないな」