ログ3・青赤


拍手企画より・夏の夜
夏です。同盟軍二人部屋にて、執務帰りの二人。

「…カミュー…」
「…マイクロトフ」
「…今日は…嫌がらないのだな」
「いつも、嫌がっている訳ではないよ」
「そうだな、すまん」
「これ以上の問答が続くようなら、気が変わるかもしれないよ?マイクロトフ」
「…それは困る」

「……マイクロトフ…ま、て」
「……カミュー?」
「…そこまで、だよ」
「……やはり、嫌だったか?」
「…違う、そうじゃない」
「では……」
「……嫌ではないのだけれど…。…気になって…」
「何がだ?」
「………」
「カミュー?言い難いことなのか?…あ!すまん!湯も浴びずに俺は…」
「いや、それは良い。…私も似たようなものだし…」
「では…他に気になることが…?」
「…………が…」
「すまん、聞き取れなかったのだが…」
「…声、が聞こえる」
「…声?」
「……隣、お二人とも、帰還されたみたいだな」
「…ん?…あぁ、そのようだな。…隣が気になるのか?」
「……わからないか?隣の声が聞こえるということは、こちらの声も、向こうに聞こえるということだろう」
「……そう、だな…。カミュー…では…」
「……窓を閉じてしまっては、流石に暑くて堪らない。かといって、この状態では…な」
「………わかった」
「…すまない、マイクロトフ」
「場所を変えよう」
「……マイクロトフ?」
「あそこなら、周囲に声が漏れることもないし、身を清めるにも丁度良い」
「マイ…ちょ、待て…!」
「嫌ではないのだろう?」
「確かにそう言ったが、こんな場所でも良いとは言っていない…!」
「…すまんが、次がいつ回ってくるかわからないのでな」
「っ…!…あとで、ひどいからな…!」
「…あぁ、罰なら後で幾らでも受けよう」




信号待ち・現代パラレルで。
青を駅まで歩いて送る赤。

車通りのない細い交差点。信号機の色は赤。

「…車は通りそうにないけど…渡る?」
「信号は赤だ。大した時間でもない。待とう」
「うん、そうだな。……次の信号も赤だと良いな」
「どうしてだ?」
「赤信号で立ち止まっている分だけ、長くお前と一緒に居られるだろう」
「一緒に居たいのか」
「そうだね」
「……明日は?」
「休みになった。先週の休日出勤の振り替えだそうだ」
「…それなら、泊まって行けば良い。カミューが嫌でなければ、だが」
「嫌じゃないよ。…ありがとう」
「…カミュー、言いたいことははっきり言ってくれないと、俺はわからんぞ」
「言ったじゃないか」
「………」
「…送り狼になっちゃったな」
「ミイラ取りがミイラになったような気がしなくもないが」
「どちらでも良いよ。一緒に居られるのなら」




屋敷で番犬として飼われている青と野良猫な赤のお話。

 マイクロトフはじゃらりと首に繋がれた鎖を鳴らして背後を振り返った。そこに、心振るわせる彼の獣が来てはいないかと。鎖の範囲でしか動くことの出来ぬ自分には、遠くからその姿を見ることしか出来ない。
 飴色の艶やかな毛並みと、宝石のように美しい一対の瞳をもった、一匹の猫。彼が、気まぐれでも会いに来てくれるのを、待っていた。鎖を持たない、風のように自由できままな彼の猫を、うらやむことはない。己は主のみを護るためにここにあり、それに誇りを持っている。
 それでも、彼の猫の隣に在れるならどんなにか心地よいだろう。己の使命を捨てても良いと思える程に、それは甘美な誘惑だった。

 『私と共に来ないか』『お前の傍に居たい』幾度目かの逢瀬で初めて交わした会話は、お互いに同じ気持ちを表していた。
 見ているだけでは足りなかった。触れて、声を聞きたかった。ただ待っているだけではいられなかった。

 マイクロトフは主人を必死に説得した。主人には忠実な犬達が他にも居た。その中でも一番忠実に働いてきたマイクロトフを、主人は離したくない、そう言った。
 どうしたら判って貰えるだろうか。マイクロトフは出された肉にも手をつけずに項垂れた。口が上手くない己が、言葉の通じない主に伝えようとしても無理があることはわかっていた。それでも、今まで可愛がってくれた主に黙って去ることも出来ない。

 いつの間にか眠っていたらしい。ふと、己の首筋に触れるぬくもりに瞳を開けた。視界に、綺麗な飴色の毛並みが広がった。寄り添うように眠っていたのはカミューだった。顔を上げ、眠っているらしい彼の瞼に唇を触れれば、その感触で目を覚ましたのだろう、彼の綺麗な瞳が覗いた。

 『迎えにきた』そう言ってカミューは笑った。マイクロトフは首を振った。
 「すまない、カミュー。俺はまだ…」
 そう言い淀むマイクロトフに、カミューは頬を摺り寄せた。
 「お前の鎖は、もうないよ」
 はっと己の首に触れれば、そこには首輪も鎖もなかった。どうして…そう呟くマイクロトフにカミューは背後を見上げた。
 屋敷の窓辺に主人の姿が見えた。手には己についていた筈の首輪と鎖。笑った主人が屋敷を囲む、壁の向こうを指差した。マイクロトフは深く頭を下げた。そしてカミューに満面の笑顔を向けた。

 『行こう!』二匹はお互いの手をぎゅっと握ると駆け出した。壁の向こうに広がる、二人の世界に向けて。




年越し

 窓の外は雪。外に出れば随分と寒かろうが、今は気にならなかった。砦の中でささやかに年を越そうと集まる皆から抜け出し、一人物見台の上に立った。
 明り取りに置かれた松明も、この雪の中では頼りになる熱源だった。その温もりの恩恵を受けながら、雪雲に霞む洛帝山の方角を見た。
 分厚い手袋に覆われた手に握った懐中時計の針が、もうすぐ重なろうとしていた。5・4・3…と心の中で数を数える。
 1を数えてすぐ、高い鐘の音が聞こえた気がしてはっとする。
 ロックアックスの街では、新年を迎えたことを伝える鐘が鳴っているのだろうが、ここまで聞こえる筈はない。ロックアックスから遥か遠く、国境に近いこの砦は、人々の暮らす村からも離れている。
 それでも、確かに微かな鐘の音が、聞こえた気がしていた。それは、己の聞いた音ではなく、彼方の街に在る、彼が聞いた音なのかもしれなかった。
「おめでとう。新たな年に、多くの幸あれ」
 己と己の身よりも大切な恋人と、そしてこの世に生きる全ての者へ向けて。