ログ4・青赤


背中の話

 マイクロトフの背を見て、ふと思いついたことを口に出していた。
「お前の背中は、綺麗だな」
「……何だ、それは」
 気分を害した声だった。嫌味と思われたようだ。それも仕方が無い。マイクロトフの背は、綺麗では無い。
 剣・槍・弓・斧、一通りの傷が揃っている。背傷を誇る騎士も剣士も、凡そこの世には存在しない。
 カミューは言葉を付け足した。
「お前の背中は綺麗だよ。私は、好きだ」
 マイクロトフが振り向いた。驚いている。
「……何だ、褒めたのに。失敬な奴だな」
 気分を害したカミューの代わりに、マイクロトフは笑顔になった。
「普通、褒めるものでは無いぞ。……だが、そうだな。カミューがそう言うなら、俺はこの背傷を誇りに思う」
 カミューも笑顔になった。今度はちゃんと伝わったようだ。




ヴァレンタイン小話

 女性ばかりかと思えば、男性も居た。勿論、数は比較にならないが。
「良い時代になったなぁ」
 肩を並べる男が暢気そうに言った。
 視線の先には、装飾品のようなチョコがずらりと並ぶ。
「まだ買うのか」
 彼の手には既に幾つかの紙袋が提げられている。
「もう買わないよ。見ているだけでも、別に良いだろう」
「見ているだけで済まんだろう」
「分かったよ」
 不機嫌そうに踵を返す男の背を追う。機嫌は損ねたが、あの何とも居心地の悪い空間から離れられてほっとした。
「逆チョコなんてもののお陰で、肩身の狭い思いをしなくて済むのになぁ」
 肩身の狭い思いなんてしたことがあるのか、と思ったが、口に出しては別のことを言った。
「お前のは自分チョコだろう」
「逆チョコもあるよ」
「……あるのか」
「あるよ。お前は?」
「……分かった。何が良い」
 カミューがにまりと笑う。本当は綺麗で可愛い笑顔だったのかもしれないが。
「言わせたいのか?悪趣味だな」
「……悪趣味はどっちだ」
 義理は要らん風潮だそうだが、本命も要らん男は俺だけだろうか。
 (常に本命を頂いているのだから、有り難味も薄れよう)




○○禁止(とある時事ネタから拝借)

「あまり皆に迷惑をかけるなよ」
「……戦地に送る言葉にしては、可笑しくないか」
「そうか?では、無理はするな」
「それも釈然としないが、善処しよう」
「分かった、と言えんのか」
「約束出来んのでな」
 問答に飽きたらしい男が溜息を吐いた。戦場に友を送るには相応しくないが、吐かれた本人が気に留めていない。
「……もう行け。皆が待っているのだろう」
「あぁ。では、行ってくる」
 別れの抱擁に口付けは、恋人ならずとも、家族、友人間でも有効だ。しかし。
 あっさりした抱擁の後、突き放すように肩を押された。
「……カミュー?」
「お前、知らんのか。アレを」
 カミューの示す先には一枚の掲示があった。
 『キス禁止』
 何とも無粋な文字だった。
「『相手』が居ない者達の士気が下がるのだそうだ」
「そんな天蓋孤独の者は、おらんだろう」
「恋人が居ない者はゴマンと居る」
「……あぁ」
 共感は無いが、納得はした。
「……俺は、聞いていないぞ」
「無関係だと思われたんだろう」
 青騎士団長を拝命する男が無関係な筈は無いが、答えるのが面倒なのだろう。
「……礼節を重んじろ、という警告文だよ」
「成る程。しかし、随分と乱暴な訓戒……」
「言いたいことは分かっている。ともかく、早く行け。団長様が遅刻では、それこそ示しも付かないだろう」
「そんなに時間に追われてはいない」
「引き止めたくなるから、早く行け!」
 心底嫌そうな顔だった。笑ってしまったが、それが嫌なのに違いない。
 口付けの代わりに、両手でしっかりと彼の手を握った。
「武運を借りる」
「必ず、返せ」
 少し冷えた彼の手が、己の温もりを失う前に、帰ろう。

*前日にゆっくり別れを惜しむだろう、というような矛盾は見なかった振りでお願いします。




柔らかい

 彼の身に圧し掛かったままで言った。
「……お前とやってもつまらん」
 言われた本人は気にした風も無い。
「麗しの赤騎士団長の、柔肌に触れられるなんて贅沢だぞ」
「柔肌か?」
「珠の肌でも良いが」
 どちらも女性への賛辞の言葉の筈だが、後者には頷けたので黙った。代わりに圧し掛かる力を増した。
「重い」
 そこは普通ならば『痛い』だ。
「柔らかいな」
「得するぞ」
「得とは何だ」
「やる時に楽だろう。お前が」 
「俺が……?」
「股関節が柔らかいと、良いだろう」
 示唆した事に気付いて渋面になった。彼から身を離すが、彼の体勢に変化は無い。
 彼の身は180度開脚のまま、前に倒した胸が床に密着している。柔らかい。難なく出来る者はあまり居ない。
「俺は要らんではないか」
「これから必要じゃないか」
 マッサージには必要だが、柔軟の段階では要らんと言っているに等しい。
 彼が起き上がった。ホットパンツに包まれた長い脚が、マイクロトフの前に投げ出される。
 にっと笑った顔は、残念ながら艶めいたものでは無い。
「お前が一番、巧いんだよな」
「交代制だぞ」
「分かってるよ」
 巧いと言うのは彼だけだ。下手では無いが、巧くも無い。
 ただ、カミューの身体を知り尽くしているから、巧いに過ぎない。
 ふぅ。と、吐息が零れた。それだけは艶やかだ。
 最近は、他人にこれを聞かせたくなくて困っている。
 (……確かに贅沢だ)
 呟きは、心の中に留めておいた。

*柔軟→マッサージ かなんに『今更!?』と言わしめた勘違いネタ。




薄暗い話

 苦悶の表情を浮かべる男は、土壁に張り付けにされている。彼の首を折らんばかりに締める腕は、騎士のもの。
 男は投降を申し出た。騎士はそれを受け入れ剣を収めた。しかし、男は捕虜になり損ねた。
 男の足元に、土にまみれた人形が無造作に転がっていた。先刻見た少女と重なった。投げ出された小さな身体は、騎士が抱き上げても動かない。人形のように。

『止めろ』
 声が聞こえた。内からか外からか分からない。

「マイクロトフ!」

 はっとした瞬間、衝撃がきた。踏鞴を踏み、留まれずに膝をついた。
 土壁から崩れ落ちた男の傍らに、赤い騎士が居た。頸に指を当て、安堵の息を吐いた。男は漸く捕虜になった。マイクロトフからどっと力が抜けた。
 立ち上がった騎士は逆光で表情が見えない。真っ黒な人影は己の影との対面のようだ。
 沈黙の後、静かな声がした。
「あれでは、私怨だ」
 その通りだった。強かに鞭打たれた気がした。
 影が傍らに膝をついた。頬を指先が撫でる。
「殴って悪かった。他に方法が思いつかなくてね」
「いや、すまない。助かった」
「どう致しまして」
 赤い騎士が土を払って立ち上がった。威圧感はもう無かった。
「救護班の世話になれよ。ひどい顔になるぞ」
 自分で殴っておいて良く言う、と思えた。気持ちはもう落ち着いていた。
 彼は、何処か遠くを見ていた。
「あの子は、無事だ」
 一拍置いて、言葉が届いた。
「本当か!!」
 彼の視線の先は救護テントだった。確認する前に走り出していた。その背を追って、声が届いた。
「木漏れ日亭で三食奢りだ!」
 親友の言葉に、マイクロトフは笑った。訳も無く涙が滲んだ。




ポッキーゲーム

「……勝負する気が無いだろう」
「そんなことは無いさ。負ける気満々なだけだよ」
「真面目にやれ!」
「ただのゲームだよ?」
「ただのゲームでも勝負は勝負だ」
「……いちいち堅苦しい奴だな」
「カミュー」
「……分かったよ」

「……おい、マイクロトフ」
「…………ん?あぁ……すまん」
「人に真面目にやれと言っておいて何だ」
「つい、お前の顔ばかり見ていた」
「……(溜息)お前とは二度とやらない」