『Trick or treat!』 その声は明らかに友人、カミューのものだった。 ハロウィン祭りお決まりの台詞をこれから何度も聞く筈だったが、その最初の一声が友人の声というのは、お菓子を差し出す前に悪戯を寄越された気分だった。 「間に合っている」 マイクロトフは扉を開ける事無く一蹴した。抗議の声はすぐに上がった。 「ちょっと待て!新聞の勧誘と勘違いしてないか!?」 「似たようなものだろう」 「まぁ、良いさ。警告はしたからな。その態度は悪戯を所望と判断する」 「………」 マイクロトフは溜息を吐いて扉に向かった。騎士隊長を勤める程の者の言い草とは思えないが、どんなに大人気なかろうが、彼ならば本気の悪戯をやりかねない。 本来子供達に配るつもりの飴や焼き菓子を入れた籠から、幾つかの菓子を掴み取った。 「…これをやるから、大人気ない真似をする…な…」 扉を開けて友人を睨みつけたつもりのマイクロトフは、途中で語尾を濁した。扉の向こうにカミューは居なかった。居なくなったカミューと摩り替わる様に、子供達が怯えた瞳でマイクロトフを見上げていた。 一番前でマイクロトフに睨まれてしまった幼い少女の瞳からは、今にも涙が零れそうになっている。マイクロトフは慌てて笑顔を作った。 「すまない、驚かせてしまったな。…ちょっと待ってくれ、菓子を持ってくる」 マイクロトフは踵を返して、部屋から籠を持ち出した。 「この中から好きな菓子を持って行くと良い」 マイクロトフが精一杯の笑顔で扉の向こうに籠を掲げて見せれば、腹を抱えて笑う友人が一人増えていた。 「…カミュー」 「あはは、驚いたか?あ〜面白いものを見た!お前のぽかんと驚いた顔と良い、今の顔と良い…痛っ!」 子供達がカミューを取り囲んでそこに居たから、マイクロトフは極力加減して友人に拳骨をお見舞いした。気を取り直してお菓子の入った籠を子供達に差し出せば、やっと子供達が笑顔になった。 菓子を手にして次の家に向かう子供達の後姿を見送る。マイクロトフは手にしていた籠をカミューに差し出した。籠にはまだ沢山の菓子が入っている。これから次々やってくる子供達へのものだ。 「貰っても良いのかい?」 「良い訳無いだろう。悪戯しか寄越さなかった奴に今さら菓子はやれん」 「じゃあ」 「これから来る子供達の相手はお前がしろ。暇なのだろう」 扉に向かうマイクロトフの背後から、嘆息が聞こえた。ハロウィンの子供達はその扮装にも負けず劣らず小さな魔物そのものだ。その相手は楽しくもあるが、なかなかに疲れるものなのである。 マイクロトフはポケットを撫でた。最初にカミューに渡すつもりで握った幾つかの菓子は、あの時のどさくさでポケットに入れてそのままだった。 子供達に菓子を配り終えたらカミューにやろう。悪戯には罰を。しかし鞭に飴も必要だった。
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