村の学習塾で講師の仕事を再開したカミューが、子供達を連れて帰ってきた。留守番を任されていたマイクロトフが迎えに出れば、何やら両手に荷物を抱えている。 「おかえり。…何だ、買い物でもしてきたのか?」 「ただいま。ちょっとね、借りたんだ」 「…借りた?何を…」 疑問符だらけのマイクロトフの問いを遮ったのは、カミューの手を離れ、元気に飛び出してきた長男のカミュー(Jr)だ。 「ただいま、父様!」 「おかえり、カミュー」 恋人にそっくりな愛らしい息子の笑顔に、それまでのやり取りを一瞬忘れて、身を屈みこんでしっかりと腕に抱きしめる。カミューに抱かれていた末の息子も降ろされ、傍に寄った。 「たぁいま!」 「おかえり、マイクロトフ」 こちらは頭を撫でてやれば、きゃっきゃと声を上げた。 いつも通りの出迎えであった筈のそれは、慌しい息子達の行動で変化を見せた。末の息子、マイクロトフ(Jr)がそわそわした様子で兄の袖を引いた。それに頷いて、カミュー(Jr)が腕の中から上目遣いにマイクロトフを見上げる。 「父様、僕達部屋でやることがあるの」 「やること?」 そこで思い出されたのは、カミューの抱えていた荷物だ。カミューを見上げても瞳を細めるだけ。詳しいことを言うつもりはないらしい。 「Jr、やることとは何だ?」 腕の拘束を弛めれば、カミュー(Jr)は足踏みしながら待っていた弟の手を取って、人差し指をふっくらとしたサクランボ色の唇にあてた。 「ごめんなさい、秘密って約束なの」 八つを数える上の息子は、カミューに似た悪戯っぽい表情を見せ、息子達は駆ける様に部屋へと入った。その後姿を見つめるマイクロトフの肩を、カミューが通り抜け様にぽんと軽く叩いていく。 「居間で待っていてくれれば、良いものを見せてあげるから」 だから、覗いたりするような無粋な真似はするなよ?としっかり釘を刺し、息子達に続いて部屋の中へと姿を消した。 そんな風に言われては大人しく待つしかなかったマイクロトフは、一人蚊帳の外に置かれたままになった。 そうしてやきもきしながら待つこと、数十分程だろうか。ぱたぱたと軽い足音が居間に近付き、マイクロトフはラグに降ろしていた腰を浮かせた。そこへ勢い良く飛び込んできたのは、黒い塊。丁度腰を浮かした不安定な状態だった為に、その塊に飛び掛られてごろりとラグに転がされた。 「ハッピーハロウィン!」 腹の上を陣取った塊がそう声を上げた。聞き慣れた上の息子の声に顔を上げてよくよく見れば、黒い塊は黒い衣裳だった。頭にはフードを被り背に蝙蝠の羽を付けたその衣裳は、全身が真っ黒だ。 「はーいん!」 何かの呪文のような拙い言葉を叫んで、今度は茶色い塊が飛び掛ってきた。茶色い着ぐるみを着ているらしい。ふわふわと肌触りの良さそうなそれは、まるでぬいぐるみのようだ。耳が付いている所を見ると、動物を模しているらしい。 息子達の勢いに押されるまま暫し放心していたマイクロトフに、カミューが笑いながら傍に寄った。 「ハッピーハロウィン」 上の息子と同じ言葉を再びかけられ、漸くマイクロトフも納得がいった。今日は十の月最後の日だった。 「…あぁ、そんな時期だったか」 「懐かしいだろう?こちらにはあまり浸透していない行事だからね」 グラスランドというこの草原の地に来てから、文化と行事の違いには驚かせられる事ばかりだった。そして、故郷の地では当たり前だった文化や行事も、日常の生活の中で埋もれることも多かった。 元々ハロウィンという行事は、マチルダでは馴染みのなかったものであったし、今まで殊更に何かをするということも無かった為に、すっかり忘れていたのだ。 「よく見せてくれないか」 腹の上に跨る上の息子を抱えて己の目の前に立たせる。少しはにかんだ笑顔を見せて、くるりと一回りしてみせた。それを見ていた末の息子も兄の隣りに立つと、真似をして回ってみせた。ただ、まだ三つを数えるばかりの小さい彼の足ではおぼつかず、尻餅を付く寸前で後ろで成り行きを見守っていたカミューに抱き抱えられていたが。 「僕の格好は悪魔なの。マイクロトフ(Jr)は狼だよ」 そう説明しながら、お尻の辺りについた矢印型の尻尾を手にして振った。言われてみれば、その真っ黒な衣裳は悪魔を模したように見えるが、その衣裳は可愛らしい作りであったし、天使のようだと常々思っているJrの外見を考えれば、悪魔と言われてもマイクロトフにはぴんと来ない。その点、マイクロトフ(Jr)の衣裳は分かりやすかった。着ぐるみという形を取っている為に、やはりこちらも愛らしいばかりだが、三角の耳とふさふさとした尻尾は、狼…よりは犬に近い有様だが、カミュー(Jr)の衣裳よりは分かり易い。 「二人共、よく似合っているぞ」 「えへへ!ありがとう、父様!」 普段とは違う衣裳に、二人の息子は手を取り合ってくるくる回りながらはしゃいでいる。 それを恐らくやに下がった顔で見ていただろうマイクロトフに、カミューがキャンディの包みの入った小さな籠を差し出した。 「はい、お菓子。村の子供達が来るのは陽が落ちてからだけど、あの子達の悪戯防止に」 暫しその籠を見つめ、結局マイクロトフは受け取ることを拒否した。 「…後で良い。陽が落ちてからなのだろう?」 「そうだけど…」 同盟軍時代に初めて知ったハロウィンで、城の子供達に散々な目に合ったマイクロトフを知っているカミューは、不思議そうに首を傾げた。 「息子達になら、『悪戯』される方が嬉しい」 お互いの衣裳を引っ張ったりしてじゃれ合い始めた子供達は、未だ悪戯の事に意識が向いていないが、それもあと少しの間だろう。それを理解しているカミューは、呆れた表情でマイクロトフの両耳を引っ張った。 「後で後悔しても知らないぞ。私は助けないからな」 「あぁ」 忠告を聞きもせず、満面の笑顔をしてしまったのが彼の気に触ったらしい。拗ねたような表情を見せたカミューに、今度は甘さを含めた声音で囁いた。 「お前の悪戯も楽しみにしているから」 「良い度胸だ、マイクロトフ」 形良い片眉を上げたカミューは、口の端を上げて不敵に笑う。少しからかって宥めるつもりが、いつもとは少し違う反応に、マイクロトフの勘がまずいと告げたがもう遅かった。 その笑みの意味を知って実際に後悔したのは、その日の夜。肉料理の替わりに出された、ピーマンや人参たっぷりの野菜炒めを、こんもり皿に盛られた時だった。
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