「マイクロトフ〜!」 その声に、日当たりの良い窓辺で遊んでいたマイクロトフ(Jr)が、ぱっとこちらを向いた。おむつをした大きなおしりがころりと転がり、まん丸な顔ににっこりとお日様のような笑顔が広がった。それにつられるように自分も笑顔になった。 5歳年下の弟マイクロトフは、今2歳。漸く片言で言葉を話すようになった。両手を差し出すようにしてもう一度名を呼ぶと、重たい頭をふらふらさせながら立ち上がり、まだ少し頼りない足取りながらもこちらへとやって来る。『かむぅ』と舌足らずに呼ばれながらこの笑顔を見ると、とても嬉しくて幸せな気持ちになる。駆け寄ってふにふにとした柔らかな頬に頬ずりしたい気分にかられたところで、笑顔だったマイクロトフの顔が、きょとんと不思議そうなものになった。 隣でふわりとしゃがむ気配に顔を向ければ、綺麗な白皙の美貌が目線の高さにあった。柔らかな笑顔を浮かべマイクロトフに向けて手を振る彼は、自分とマイクロトフのパパであった。自分の名は、彼から受け継いだものである。マイクロトフは、パパであるカミューと自分との間で、視線をうろうろさせている。 カミュー(Jr)は心の中で少しがっかりとしてしまった。マイクロトフは兄である自分にとても懐いてくれていたが、パパには敵わないと知っているからだ。 ちらりと伺い見るパパはいつ見てもとても綺麗だった。皆が、マイクロトフ父様でさえも、自分のことを『カミューによく似ている』と言う。けれど、とてもそうは思えなかった。自分はこんなに綺麗ではないと思うのだ。 「二人で呼んだら、どちらの方に来ると思う?」 「…さぁ、そんなの、わからないよ」 楽しそうなパパの声に、カミューは少し不貞腐れた様子で答えた。いつもは優しいけれど、時々意地が悪いな、と思いながら、パパからの挑戦は受けることにした。カミューはとても負けず嫌いなのだ。その辺りも似ていると言われる所以なのだが、本人達は気付いていないことである。 「マイクロトフー!僕のところにおいで。遊んであげるよ」 「マイクロトフ〜。こっちにおいで」 二人で手を差し伸べながらマイクロトフを呼ぶ。呼ばれるたびにどちらにも顔を輝かせているマイクロトフは二人の間をふらふらよたよた彷徨った。 「どうした、呼んだか?」 その決着の付かない攻防を一時中断させたのはマイクロトフ…二人のもう一人の父様だった。マイクロトフ(Jr)を相手に何やらしていたらしいと気付いた父様が訝しげに眉を寄せた。 「…何をしていたんだ、全く」 「あぁ、マイクロトフ。残念だったね。お前を呼んでいたわけではないんだ」 パパが悪びれもせずに笑いながら手を振った。あっちへ行ってろ、という合図だ。 「…Jrをからかうような真似はよせ」 呆れた声でパパをたしなめた父様は、カミュー(Jr)の傍まで来ると、彼の身をひょいと抱き上げた。びっくりしたカミューは落ちないようにと父様の首にしがみつく。 「カミューJrを借りるぞ。…カミュー、お前の部屋の棚がちょうど直ったところなんだ。出来上がりを見てくれないか?」 「あ、直ったんだね!ありがとう、マイクロトフ父様!」 彼の部屋の棚が、金具が取れて壊れていたのだが、今日が休日だった父様が修理をしてくれていたのだ。父様が作ってくれた棚だったからカミューも気に入っていた。出来れば直してまた使いたいと思っていたから、嬉しかった。カミューは感謝を込めて父様の頬に口付けを贈る。 「マイクロトフ、危ないよ」 言葉の意味とは裏腹に、随分とのんびりしたパパの声がした。と、カミュー(Jr)を抱き上げていた父様の上体が少し揺れた。 「……っと、…Jr…」 足元にはいつの間にかマイクロトフ(Jr)が居た。大きな頭を精一杯に上向けて、むっつりと眉と唇をしかめている。瞳にはうっすらと涙も見えた。どうやら、はいはいで父様の脚に突進してぶつかってきたらしい。 「かむぅ〜かむぅ〜!」 瞳をうるうると涙で濡らし始めたマイクロトフが、尚も父様の脚を叩いている。 「…あぁ、…すまん、Jr…。カミューを取ったりはせんぞ」 屈んでくれた父様の腕から手を伸ばすと、マイクロトフの涙の零れた頬を拭ってやった。 「父様とお部屋に用事なんだ。すぐ戻るよ。…ほら、カミューパパだって居るんだよ?寂しくないからね」 笑ってやったら、こくりと大きな頭を揺らして頷いた。横から伸びたパパの腕が、マイクロトフ(Jr)を抱き上げた。 「少しの間、待っていようね。後で皆で散歩にでも行こうか」 そう言って伺うように皆の顔を見たパパは、否がないのを見て取って笑った。 「Jrは私が見ているから。行っておいで」 「うん」 「…私の負けだね。マイクロトフ、お前が抱き上げられてからはこっちに見向きもしてくれなかったよ?」 くすくすと笑うパパに、何だかちょっとむきになっていた自分が恥ずかしくなって、こっそり父様の肩に顔を埋めてごまかした。
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