パジャマ




 ガラス戸を通したくぐもった声が呼ぶ己の名に、マイクロトフは浴室に続く戸を開けた。それと同時に顔を見せたカミューが、腰にタオルを巻いた格好で浴室から出る。マイクロトフの周囲に白い湯気が立ち上り、傍らに立ったカミューからの石鹸の良い香りが鼻腔を擽った。
 軽く絞っただけらしい濡れた髪に、準備していた大きなバスタオルをかけてやる。マッサージを施すように優しく拭いてやれば、大人しくされるがままになっている。やはり久しぶりの交合に疲れているのだろう。閉じてしまった瞳は、そのまま眠りの世界へと落ち、開かないのではと思えた。
 被せたバスタオルで全身を包み綺麗に水滴を拭うと、カミューがぼんやりと瞳を開いた。指先でマイクロトフのパジャマの上着を抓み、軽く引く。
 どうした、と問えば、夢現のような茫洋とした声音が答えた。
「…貸して」
「貸す…とは、パジャマをか」
 こくりと頷いて、ぐいぐいと上着を引く。着のみ着のままに同盟軍に参加した二人は日が浅く、日常品が充分に揃っていなかった。今日は雨が降っていたから、乾かすはずだった洗濯物が乾いていないのかもしれない。マイクロトフも、この一着は辛うじて残っていたものだった。
 他に貸せるような服も思い浮かばず、マイクロトフは自身の上だけを脱いでカミューに着せ掛けた。
「すまん、俺も貸せるような服を持ち合わせていなくてな。…これではだめか?」
 問いかけて伺うようにカミューの顔を覗き込めば、カミューはふわりと笑みを浮かべている。
「…良い。…これが欲しかったから」
 寝言のように頼りない口調でそう言って、少し長い袖口を頬に寄せた。猫ならば喉を鳴らしている様な機嫌の良い風情のカミューに、マイクロトフも知らず笑みを浮かべる。開いたままの前を留めてやり、水気を吸い取り湿ったタオルを脱衣籠に放った。、少し身を屈めてカミューの腕を取る。
「…カミュー、掴まれ」
 その短い促しにも、幾度もそうされていい加減慣れもしているのだろう、マイクロトフの意図を違わず受け取り、首に両腕を巻きつけてきた。カミューの身体をしっかりと腕に抱き持ち上げると、狭い部屋のこと、数歩で辿り着いた寝台にそっと降ろしてやった。
 寝台に降ろしてもカミューは腕を首に巻きつけたまま離してくれず、小さく名を呼んでも返事はない。様子を伺えば、既に半分以上を眠りの世界に持っていかれているようだった。笑みを刻んだ己の口から溜息が零れるが、そこには呆れた響きよりも、只愛しさが篭るばかりだ。こうして無防備な姿を晒すカミューを、もう幾度も見ている筈なのだが、その度ごとに愛しさは増すばかりで、大概、カミューに溺れきっていると我ながら呆れもするが、どうしようもないことだともわかっていた。
「…お休み、カミュー」
軽く背を撫でて耳元に囁くと、惜しい気持ちで腕の拘束を解いた。このままにして横になってしまえば、己の頭の下敷きにされるカミューの腕が痛かろうとの配慮であった。
 しどけなく投げ出された両足が、シーツの白にも負けずに眩しい。明日の朝、寝乱れたカミューを目にして、己の理性がどれ程もつのか些か不安であったが、それはまた明日の朝、考えることにした。







『見てみたい青赤お題11』のメロメロです。
パジャマを半分こがメインテーマでした(笑)