怪我




「ほら、背を拭ってやるから、向こうを向いてくれ」
「うん、ありがとう」
 腕を軽く上げた格好で、マイクロトフに身体の前面を洗われていたカミューは、大人しくくるりと身を反転させた。肩甲骨の下辺りに、ふわりと泡が触れ、ついで柔らかな布が丁寧に肌を洗った。自分が洗うのとは違う柔らかな圧力は、少しくすぐったくて心地良い。
 身体中が泡だらけになると、マイクロトフの手が離れた。数瞬の後に、温めのシャワーがそっと肩の辺りにかけられる。
「熱くはないか」
「大丈夫だよ」
 熱い湯が苦手なカミューの為に、温めに設定された湯が肌を滑り、泡をするすると落としていく。全ての泡が綺麗に流されると、シャワーを持った方とは逆の腕が伸び、上に掲げたままのカミューの腕を取った。
「そのままでは腕が辛いだろう。少し降ろすか?」
「これくらい平気さ」
「今、シャワーを止める」
 平気だ、というカミューの答えを聞いただろうに、すぐさま片手が伸び、シャワーのコックを捻った。肌を流れ落ちていた湯が止み、更に伸ばされた腕が、浴槽の向こうにかけてあったバスタオルを取った。上げたままだったカミューの腕をそっと降ろされ、頭からバスタオルをすっぽりと被せられた。
 降ろした両手は、掌から手首までを真っ白な包帯で覆われている。包帯の下の怪我はそう深くはないが、癒しの魔法をかけていない状態だから、今だ傷口が生々しく残っている。
「傷は大丈夫か」
 カミューの全身の水滴を丁寧に拭う手を休めぬままに、マイクロトフが問うてきた。過保護に過ぎると思わないでもないが、実際、両手が不自由な状態では、彼の手を借りなくては出来ないことの方が多い。
「あぁ。お前のおかげで濡れずにすんだようだよ。ありがとう」
 ぎこちなく広げた両手を見下ろし礼を告げる。丁度背を拭っていた手がふと止まり、背後からタオル越しにぎゅっと抱き締められた。壊れ物を扱うかのように優しいが、逃げ出せないほどには腕の戒めは強かった。肩に重みがかかり、彼の額がそっと乗せられたことに気付く。
「…怪我をするなとは言えないが…無茶は止せ」
 やや震えた声音に、カミューは小さく苦笑する。それを何度言っても聞かないのは、お前の方だろうにと、そう言ってやりたかったが、今は止めておいた。
 紋章訓練の途中、部下の紋章が制御を外れて暴走した。その力を抑えるのに己の紋章を使った。大きな事故には至らなかったが、代わりに抑えていた両手を紋章によって裂かれることになったのだ。 
 確かに少し無茶をした自覚はあった。幸い深い傷が出来なかったが、下手をすれば、二度と剣が握れなくなっていたかもしれない。そうして彼の傍で彼の背を護る事が出来なくなる事実を想像すれば、肝も冷えるというものだ。勿論、そうならないように気をつけたつもりではあるが。
「…悪かったよ、マイクロトフ。心配をかけた」
「あぁ…いや、良い。…カミューが無事で、なによりだ」
 カミューを抱く腕の力が強まり、タオル越しの背に、ほのかな彼の温もりが伝わった。それに安堵を覚え、ほっと息を吐く。回された彼の指に己の指を絡めて一度ぎゅっと強く握ると、やんわりと彼の腕を解いた。向き合う格好で彼の瞳を見つめて笑う。
「…私の気持ちも、少しは理解したか?」
 無茶をして怪我ばかりの男に向けてそう言えば、苦笑いのままに頷いた。







『見てみたい青赤お題11』のぎゅっです。
青さんに手厚い介抱を受ける赤さん。
赤さん、ぎゅってしたら、怪我が痛いよね?という突っ込みはなしで…(笑)