目隠し




 カミューは肩に羽織った上着の前をかき合わせる様にすると、ふわりと柔らかな笑みを零した。凍えた身に与えられた暖に気が緩んだのだろう。ただそれだけの筈のものが、しかしマイクロトフには、ひどく愛おしくも苦しいものに見えた。
 カミューに、親友以上の想いを抱いたのはいつからだろうか。今までは当たり前に感じていたカミューの笑顔も、マイクロトフの中では特別なものとなっている。
 ふわりと鼻腔を擽る香りに、カミューと、それ以外の甘い香りが混じる。それだけで己の心は乱され、持つべきではない独占欲に胸が焼けた。誰と、どのように過ごしたのだろう。どんな会話をして、どんな笑顔を見せたのだろう。そう思えば、もはやカミューの姿を見なければ眠ることも出来ないと、彼の帰りを待った。けれど、姿を視認してしまえば、その想いは更に強まるだけだった。
「…マイクロトフ?どうした」
 黙り込むマイクロトフを不審に思ったのだろう。カミューがマイクロトフをやや見上げるように視線を上げた。柳眉を寄せ、唇を歪め、己はきっと醜い表情をしているのだろう。それがわかっていたから、マイクロトフはカミューの瞳を掌で覆った。太古の蜜を固めた宝石の如くに美しいその瞳に、そんな己の姿を映したくはなかった。
 不意に視界を奪われたというのに、カミューはその手を振り払うこともなく、ただじっとその身を預けていた。何かを言おうと薄く開かれた唇が見えたが、何も紡ぐことなく閉ざされる。それは、これまでに培ってきた、親友としての信頼の証だった。
 城の中といえど、ここはまだ寒々しい廊下の只中だった。白い石の壁には、僅かな明かりしか灯されていない。そんな中でも判るほど、カミューの唇の色は薄かった。
 壁に映し出された二人の影が、一瞬重なる。瞳の上から掌を外し、マイクロトフは踵を返した。
「…引き止めてすまなかった。湯を浴びて、すぐ眠ると良い。このままでは本当に風邪を引く」
 背を向けたまま、それだけを告げた。あの一瞬に、何事もなかったのだと言う様に。背後から、小さな吐息が零れた。
「そうだね、そうするよ。…この上着は、すまないが借りてゆく。だから、お前も早く眠れ。…おやすみ、マイクロトフ」
「あぁ、おやすみ、カミュー」
 数瞬の後、こつこつと石畳を踏む靴音が聞こえた。遠ざかるその音を聞き、マイクロトフは大きく息を吐いた。そして、振り返ることなくその場を離れる。お互いの足音は瞬く間に遠ざかり、離れていった。


 己の唇に指先を当てるお互いの姿は、その背後に見えぬままに。







『見てみたい青赤お題11』の目隠し+両思いなのに気付かないです。
夜会帰りの赤さん。今読むと、話をはしょりすぎてて分かり難いな…。
オフ本『月光薫る夜』の元にしたお話です。