医務室の扉を乱暴に開いたマイクロトフは、カミューの姿を確認するや安堵の溜息を吐いた。そして、自身の騒々しさを思い出し慌てて謝罪する。そんな彼の姿に、カミューは小さく笑みを零した。 盟主についての交易に同行したカミューは、負傷して城に戻ったのだ。それを聞いて慌ててやってきたのだが、傷の程度は大したものではなく、ホウアンに診てもらった後は自室へと戻った。 「ナナミ殿には心配をさせてしまったみたいで、申し訳なかったかな」 「傷が、残るのではないかと、随分気にしておられたぞ」 「…残ったところで、レディではないし、良いと思うけれどね」 寝台に横になるほどの傷でも、疲労具合でもないカミューは、普通に長椅子に腰掛け、何でもないことのように言う。けれど、マイクロトフにはナナミの気持ちが分かる気がした。 カミューの価値を、それだけだと思いはしないし、勿論それが損なわれたとて、彼に抱く想いが変わることも無い。けれど、マイクロトフにとってはそれも、カミューという唯一無二の存在を形作る、非常に重要なものなのだ。 ガーゼを当てられ、テーピングで止められた手当てのあとが、秀麗な相貌と相まってひどく痛々しく見えるのは、マイクロトフだけではないだろう。それを感じないのは、頓着しない本人だけである。 「回復札は使わないのか。そのくらいの備えなら、俺にもある」 「お前まで、そういうことを言うのかい?」 呆れを混じらせた声音が、くすくすと笑い声をたてる。 「こんな掠り傷程度で貴重な札を浪費してどうする。…全く、お前はそういうことは言わないものだと思っていたけれどね」 「…そのつもりだったのだがな」 そっと触れた、カミューの右頬。その頬全体を覆うようにガーゼが当てられていた。 傷自体も浅く、2センチ程度のもので、カミューが言うように『掠り傷』である。それがしかし、顔についた傷であるというだけで、どうしてこうも違って見えるのか不思議だった。 「私の顔に傷が残ると、そんなに嫌なのかい?」 「顔に限らず、どこにだって傷が残るのは、嫌だと思っている」 マイクロトフの至極真剣な物言いに、カミューは溜息を零す。そこには相変わらず呆れた色が含まれていた。 「…そんなに価値が下がるものかな」 「馬鹿を言え。そんな筈があるか」 「なら、どうしてだい?」 カミューの口調は軽い。自身の価値が、本気で容姿のみであるなどとは思っていないからだ。いや、そう思う輩も居るが、マイクロトフがそうでないことを知っているからだろう。だからこそ、殊更に拘る理由が分からないようだ。 それほどに、難しい理屈ではない。ただ。 「…美しいと思うものを、美しいままに留めておきたいと…。そう思うことは、おかしいか」 幾度目かの溜息がカミューから零れる。長椅子の背にぐったりと体重をかけたカミューは、どことなく顔が赤い。 「…単なる我侭だろう、それは」 「そうだな。我侭だ」 言われて、なるほどと納得してしまうほどに、マイクロトフの気持ちを代弁するそれに、小さく笑みを浮かべる。 戦に出れば、生きて戻れと、ただそれだけを純粋に願い、それが叶ったのなら、五体満足の無事な姿を望む。そして、こんな掠り傷に拘ってしまうほど、傲慢で貪欲な我侭は尽きない。 「カミュー。こんな些細な傷に拘ることが出来るのも、お前が無事に戻ったからだ」 傷のある、右頬を柔らかく包み込めば、カミューが綺麗に微笑む。やはり、傷など残っては欲しくないと、そう思いながら触れるだけの口付けを贈る。 「…おかえり、カミュー」 「……ただいま」 おかえり、と呼びかける声に、必ず返る声の、何と幸福な響き。
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