船内の廊下を歩くシグルドに、背後から喜色満面の呼び声がかかった。ここ数日、聞くこと叶わなかったその声に、シグルドは足を止めた。 「シグルド!」 振り返ろうとしたシグルドより先に、背に被さる重みと腰に絡まる両腕に、身体を拘束されてしまった。 「…ハーヴェイ」 背後からシグルドに抱きついたハーヴェイは、そのまま頬を摺り寄せる。相変わらずな懐っこい様に、安堵の息をついた。 彼は、リーダーの少年と共に、資金とアイテム稼ぎを兼ねた魔物退治に出掛けていた。この様子なら、皆にも何事もなく帰って来られたのだろう。勿論、ハーヴェイもこの元気ならば、怪我もなく首尾よくいったに違いなかった。 「戻ったんだな。おかえり」 「おぅ!ただいま!」 シグルドの言葉を待っていたかのように、にぱっと満面の笑みを零すハーヴェイは、シグルドの背に半分おぶさったまま、後ろで何やらごそごそとし始める。腰を屈めた格好のまま小さく首を傾げれば、ハーヴェイが両の掌を差し出した。 「戦利品。色々獲ってきた」 差し出された掌には幾つかのアイテムが転がっている。おくすりなどの回復アイテムに、封印球が一つ。その中からハーヴェイが小さな石の欠片を摘み上げた。その辺に転がっている石と大差ない見た目だが、よく見ればきらきらと光る粒が石の中に見える。それは、稀なる不思議な石。 「これな、一個だけ貰ってきたんだ。シグルドにやる」 「お前が頂いたものなんだろう?貴重なアイテムなんだから、自分で使えば良いじゃないか」 「ん?これ、防の石だぜ?お前、防御低いんだしさ。俺は強いからいらねぇの」 確かに防御値は低めだが、前線で剣を振るうハーヴェイのほうが危険は多い。そう思うのに、ハーヴェイはそんなシグルドの心配は何処吹く風だ。まぁ、いつものことだから、今更ではある。 ぐいぐいとシグルドの手に押し付けようとするハーヴェイに、シグルドも早々に諦めて、ありがたく受け取ることにした。 「わかった。ありがとう、ハーヴェイ」 そう言って笑えば、ハーヴェイが嬉しそうに笑う。そして、気が済んだらしいハーヴェイは、漸くシグルドを抱く腕を解き、傍らに立った。シグルドがハーヴェイの重みから開放され小さく吐息をつくと、ハーヴェイがぐい、とシグルドの腕を掴み引き寄せた。 「何、ハー…」 問いかけは最後まで紡がれる前に、彼の唇に閉ざされる。軽く押し付けられるだけのそれだが、数日振りのその感触に、シグルドは一瞬固まった。 「…ただいまのキス、忘れてた」 けろりとそんなことを言ってのけるハーヴェイは、その台詞に一気に頬を染めるシグルドなぞお構いなしに廊下を歩み始める。 「あ〜、腹減ったな〜!何か食いに行こうぜ!」 振り返って邪気の無い笑みを零すハーヴェイに、シグルドは肩を落とし、けれど、自然と笑みが浮かぶ。 無事に戻った、いつもどおりのハーヴェイの姿が嬉しいのだから、仕方がない。 ただ、人気がなくて良かったな、と。今更ながらに思うのだった。
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