温もりを分け合う




 厚く濃紺を重ねた空からは、白い雪が羽のように降っている。数時間前までは賑わっていた通りにも、今は人影はない。家々には温かなオレンジの明かりが灯り、家族や恋人との夜を過ごしていることが伺えた。
 そんな聖誕祭の夜に、雪を踏み締めながら一人歩くカミューの姿は、随分寂しそうに見えたかもしれない。ただ、その通りを歩く者は彼以外には居なかったから、そんな心配も無用だった。
 灰色の厚いコートの前を掻き合わせながら向かっているのは、こんな祝いの夜に歩哨を任された不運な男の所だった。見回りを済ませ、そろそろ任に当たっている地区の物見台に戻る頃なのだ。
 彼を不運だと言うが、彼はこの任を自ら進んで受けた一人だ。この夜を共に過ごしたい相手、つまり恋人だが、そういった恋人が居る者にとっては、非常に有り難がられる人物とも言える。この日の夜に任を告げられる者は、総じて一人身が多かった。一人身の方でも、恋人の居ない聖誕祭を過ごすよりは、皆に有り難がられて任を受ける方がマシだと言う者も居るらしい。
 そもそも聖誕祭は、家族と過ごすものである。己の親しい者と過ごすという意味合いで、今では恋人と過ごす者も多いのだが。
 目前の物見台には明かりが灯っていたが、中に人の気配はなく、開いた扉の向こうに、雪を避けて立つ立哨の騎士が一人居るだけだった。まだ戻って来ていないらしい。カミューはさてどうするかと立ち止まった。雪のちらつくこの場よりは、吹き曝しの物見台と言えども、壁が有り暖炉が有るだけにずっと温かだろう。待たせて貰うのも良いが、何と言おうかを考えていた。
 カミューも任の帰りだった。彼の担当は、酒場が固まる地区の歩哨だ。カミューも彼と同じく、有り難がられる者の一人だった。ただ、一晩中任に縛られる彼と違って、自分には聖夜を祝う数時間の暇が与えられた違いがあった。
 二人共に一人身と見られているが、本当は違った。違ったが、それを公に出来ない理由があった。お互いが恋人同士だからだ。なんら恥じるところはないが、騎士団の中に在る以上、規律と世間体とを気にする必要があるのだった。それでもせめて顔が見たいと、カミューはここまで足を運んでいた。
 彼とは入団以前からの親友と、彼らを知る者なら誰でも知っている。親しい者と過ごす聖夜なのだから、下手な理由も必要ないかと思い直し、カミューは雪に一歩足跡をつけた。
 耳にじんとするような雪の微かな音とは違う、大地を踏み固める足音が聞こえた。人の足音ではなく、馬のそれだ。カミューは音の方へ顔を向けた。窓から漏れるオレンジの灯火を両脇に、濃紺の影から人馬が現れた。先頭に在る男が、カミューの会いに来た恋人だった。
「カミュー?」
 カミューより先に、男が馬上から声を発した。カミューの脇で馬を止める。降りてこないのは、任の途中だと言う意識からだろう。
「顔だけ見に来た」
 簡潔に己の用件を告げれば、そうか、と彼が小さく微笑んだ。彼と共に在る騎士は、カミューと彼の間柄を、勿論親友と言う意味で、知っていたらしい。立ち止まった彼を咎める事無く前へ進んだ。それでも、いつまでも立ち止っていられない事はカミューにも分かっていたから、彼に向けて自分も微笑を返して人馬から離れた。数歩離れるだけのことにも多大な精神力を使って脚を動かした。
 彼がちらりと前を行く仲間の騎士の姿を見た。もう追わねばならないのだろう。おもむろに己の分厚い手袋に歯を立てた男は、そのまま手袋を脱ぐと、懐に手を入れた。カミューに手を差し出すように身振りする。口の手袋を離せとも思うが、彼も慌てているのかもしれない。カミューは一歩だけ彼に近付いて手を差し伸べた。返された掌の上に長方形の箱が乗せられた。クリーム色のただの箱は、少しだけ掌に重い。
 元の通りに手袋をはめ直した男が、手綱を捌きながらカミューを見下ろした。
「メリークリスマス、カミュー」
 片手を上げ、振り返る事無く仲間の騎士の背を追って、並足で馬を走らせる姿をカミューは見送った。少しだけ触れた男の掌の温もりが残って温かい気がする己の右手を、そっと左手で覆った。この寒さではこんな些細な温もりはすぐに冷えてしまうのではないかと思ったからだった。
 立哨の騎士と数語話した後、彼らはその場を離れて夜の街に消えた。温かな場所で休むことくらいすれば良いのに、それが出来ぬ男なのだと思う。そして、何も声を掛けられなかった己に気付いた。吐いた白い息が濃紺と雪の白とに混ざり合う。
 彼が城に戻るのは明日の夜明け。その時彼の寝台に贈り物があればそれで良いかと懐に温めたままの物を思う。
 ついでに、布団が温もりに満ちていたなら、寒い夜を戻った彼は、それを一番に喜ぶ筈だから。







平騎士青赤でクリスマスです。
一緒に過ごせない時もあったでしょうということで。