騎士様にはチョコを恋人には愛を




 赤騎士が担当している城下の詰め所にやって来た親友は、顔が見えない程の大荷物を抱えていた。色取り取りの小箱は愛らしい包装に包まれていて、それらが誰からどのような意図で渡されたものかを推測するのは容易かった。只親友の気質として、こういったものを気安く受け取るようには思えなかったから、それだけが不思議だった。
「失礼する」
 沢山の贈り物の合間から、生真面目な挨拶が聞こえた。進路を開けてやる同僚の赤騎士に、すまないと侘びながら、詰め所内の木製の古びた机にそれらの贈り物が置かれた。そこに座していたカミューは、目の前のちょっとした山に視線をあてる。
「…すごい量だな」
 己も同様、いや、それ以上かもしれない量のものを受け取ったが、それでも零れたのは感嘆の呟きだった。親友の青騎士は生真面目な表情で頷く。
「あぁ。道行く女性から頂いた」
 これら小箱の贈り物一つにつき一人とすれば、十、二十…とそこまで数えてその無意味さに溜息一つを吐いて数えるのを止めた。
「…通り道に居る女性のほとんどから受け取ったろう」
 呆れた風な己の溜息に彼は、そうなのだ、と不思議そうな表情で首を傾げた。
「騎士の皆様でどうぞ、と皆に差し出されたのだが、今日は何かあっただろうか?初代騎士団長の誕生日は今日ではないし、それらしい記念日もめでたい事柄も思い至らないのだが」
 本気で言って居るのだろうか、とぽかんと口を開けてしまった己の姿に彼は慌てたようだ。身を乗り出し、もう一度問いかけを口にした。
「なぁ、カミュー。お前は知っているのだろう?こんなに騒がれている行事を知らないで至らない身なのは分かっているが、教えてくれないか」
 二人のやり取りをやや遠巻きに見ていた同僚から、それまでの羨望や嫉妬を通り越した、呆れた溜息が零れた。羨望や嫉妬はないが、呆れるという意味ではカミューも同じ気持ちだった。ただ、カミューには少々悪戯心も湧いていて、本当のことを言うべきか否かを迷った。
「今日はバレンタインだよ、マイクロトフ。言葉くらいは知っているな?」
 結局カミューは本当のことを口にした。下手なことを言っては、親友がとんでもない恥をかくだけに留まらず、周囲まで巻き込んで大騒ぎになりそうな気がしたからだった。
 カミューの言葉に瞳を瞠ったマイクロトフが真っ赤になるのは早かった。すっかり忘れて気付きもしなかった己に恥じたのか、街のレディがどういう気持ちでこれらを渡したのかに思い至たって照れたのか。両方だろうと当たりをつけた。
「で、では、これらの贈り物は…!?だが、騎士の皆さんでどうぞと、そう渡されて、だから俺は…!!」
 盛大な言い訳を口にするマイクロトフを、苦笑いしながら肩を叩いて宥める。真正面から好きです、などと口にしては受け取って貰えないと賢いレディ達は知っているのだろう。見込みの有る無しに関わらず、受け取って貰えるだけで良いのだとの、レディ達の慎ましやかな恋心が伺えた。
「はいはい、分かっているさ。レディ達も承知の上だろうから心配するな。元より、この時期に受け取ったチョコや菓子の類は、孤児院等にも寄付されているのだからな」
「そうなのか…。知らなかった…」
「お前はこの時期に城下勤務に当たるのは初めてだろう?まぁ、興味もなさそうだし、知らなくても当然だろう」
 バレンタインに貰うチョコの類は、受け取ることを禁止されてはいない。勤務中にあまり羽目を外すのは問題だが、民からの心遣いを無碍にするのは騎士として褒められた態度ではないという理由だ。実際問題としても、この時期の菓子類の寄付は喜ばれていた。
 カミューは己の目の前に置かれた箱を一つ手に取った。
「開けても構わないかな?」
「あ、あぁ。皆に分けるつもりで持ってきたのだからな。どう考えても、俺では箱一つがやっとだ」
 カミューの寄付云々という言葉に安心したのか、漸く椅子の一つに腰をかけたマイクロトフが笑みを見せて頷いた。
 心の中でこれをくれたであろうレディにお礼と侘びを唱え、包装を解いた。リボンに挟んであるカードにシンシアという名前が見て取れた。
「シンシアというレディからだ。ほら」
 箱の中の小さな一つを抓むと、彼の口の前に持っていった。具体的な名前を出されてやや動揺したらしいマイクロトフが眉を寄せたが、素直に口を開いたからその舌にチョコを乗せてやった。
「…甘いな…」
「レディの想いの甘さだよ」
 芝居がかった口調は周囲の騎士の笑いを誘ったが、親友は妙に生真面目に頷いた。
「成る程な。…しかし、俺にはこの甘さはまだ無理だ。お前のくれる一口がやっとだな」
 眉を下げて困ったように笑うマイクロトフの、その甘さを帯びた表情に、一瞬言葉を失った。
 親友からの真っ直ぐな親愛の情に熱くなった顔を伏せ、甘いのはどっちだ、と一人ごちた。







平騎士時代の二人です。まだまだ親友。
バレンタインと知らずに、道行くレディからチョコを貰いまくる青さんが相方リクでした。
リクのシーンを書いていないけど…。すまん…。