午後を休暇としていたパーシヴァルを探して酒場を覗いたボルスは、今は二人に宛がわれたビュッデヒュッケ城内の部屋へと向かっていた。全速で走りたいところだが、老若男女、様々な人々が居る城内では危険行為である。なんとかそれを押し留めつつも、がしゃがしゃと纏った鎧を煩く鳴らしながら、極力早歩きをしつつ辿り着いたその部屋の扉を勢い良く開いた。 「パーシヴァル…っ!!」 「…これは、ボルス卿」 押し入った室内には、麗らかな陽の差す窓辺に持ち込んだ椅子に座るパーシヴァルの姿があった。ノックもなしに、勢い良く入ってきたボルスを訝しげに見やっている。 いつもと変わらぬ寛いだ姿に、酒場で聞かされた話は嘘であったのだろうかと逡巡したのは一瞬のこと。何気ない動作で動かされた、すらりと形良い足首が椅子の足の影に追いやったものが見えたのだ。 「おいっ!今、何か隠しただろう!?」 駆け寄ってその優美な脚の影を覗き込めば、そこには見覚えのあるデザインのボトルが置かれていた。 上品で細身のそのボトルに張られたラベルを見て、怒りよりも先に顔を青褪めさせる。 「お、俺の、カナカンのビンテージワイン…!!」 「流石、幻と名高い代物だな。美味かったぞ」 こうなっては、もう隠し立てする気もないのだろう。ボトルを抱いてわなわな震えるボルスを、至って冷静な瞳が一瞥する。膝をついたボルスの目の前を、賛美して止まないおみ足が横切り優雅に組まれるも、今は瞳に入らなかった。 「うま、美味かっただと…!?他に言い様は無いのか!芳香な香りとまろやかで味わい深いこくのある…」 明らかに怒りどころが間違ってきているが、ボルスは全く気が付いていない。多大な努力とこねと金と時間と運と、兎に角苦労して手に入れたレアで上物のワインだったのだ。あっさりと美味かっただなどとありきたりな感想など述べられたくは無いというものだ。 このワインの良さを語り、更には入手秘話にまで話が飛びそうになった頃、パーシヴァルが諦念の溜息を吐いた。 「…わかったよ、ボルス。全部飲んだのは悪かった」 「全部とかいう問題より、まず勝手に飲む……っ!?」 全てを声にする前に、するりと伸びた白く形良い指先が唇を撫で、ボルスは息を呑んで口を噤んだ。それを狙ったかのようにすいっと彼が身を屈め、上向いたボルスの唇に柔らかく心地良い感触が触れる。 甘く絡んだ舌から、芳香なワインの残り香と、深くまろやかな味わいが広がった。上物ワインの味は思ったとおりに素晴らしかった。けれど、それよりも、ずっと味わい深かったのは、彼の…。 そうして追いかけようとした舌と唇は、しかし寸前で逃れてしまった。思わず伸びた腕が彼の肩を掴む。 その時、余程物欲しそうな顔をしていたらしい。パーシヴァルが心底呆れた表情で苦笑った。 「…そんなに、飲みたかったのか?お裾分けでは物足りなかったか」 言われて、ボルスははっとする。物足りなかったのは、それではなくて。 「…勝手に全部飲んだことは、もういい。その代わりに…」 続けられた言葉を聞いたパーシヴァルは、つい先程まで最上級のワインを楽しんでいたとは思えない渋面を作った。 果たして、午後の休暇を潰されることとなるパーシヴァルにとって、このワインは安くついたのか否か。喜色満面のボルスにとっては、言うまでも無し。
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