隠れた才




「部隊の再編成、予算案、訓練内容と予定、今後の希望があれば、それも文書で提出を」
「分かった」
「期日は五日以内です」
「なるべく早く仕上げる」
「そうして頂けると助かります」


「……大将。その注文、若大将にゃ無茶ってもんでしょう」
「そうでしょうか」
「そうでしょうか、って……俺でも期日五日はぎりぎりですぜ?」
「クロウは、机上仕事が苦手だからでしょう」
「や、若大将にゃ、それこそもっと向いていない筈ですぜ」
「……出来ると、思いますが」
「はー。どっからくる自信なのか、俺にはさっぱりですよ……」
「……この木簡を御覧なさい」
「ほー……。こりゃまた、流石に大将の木簡は綺麗ですねぇ。これだけ分かり易く纏めて貰えりゃ、寄越されるこっちも楽ってもんだ」
「それは私の仕上げたものではありませんよ」
「へぇ、そうなんですか……って、大将のモンじゃないんですかい!?」
「えぇ」
「って、でもこれ、大将の字にそっくりですが……」
「(微笑)クロウ、貴方でも、見間違いますか」
「へ?……あー、良く見ると……大将の字とは、違いますね。一体こりゃ、誰の作ったものなんです?」
「オボロですよ」
「へー、若大将の……。はぁ!?若大将のって……ご冗談を」
「冗談ではありません。本人に確認を取りました」
「見栄張ってるだけじゃないんですかい?こりゃぁ流石に……信じられませんぜ」
「自分の目で、確かめに行ってみますか?」

 クロウ、ベナウィに教わった場所へ行ってみる。

「……お、この辺りか。へぇ、本当にいやがった」

 城内馬場の隅に、幾人かの部下と共に座すオボロ。
 敷物も引かず、土の上だ。

「……補充は足りているか」
「防具は。武器は矢と……」

「会議中、邪魔するぜ」
「クロウ。……伝令か?」
「いや。ちょいと、見学させて貰っても良いかい」
「……何を企んでいる」
「おいおい。そりゃあねぇだろ?別にいちゃもんつけに来た訳じゃないさ」
「だったら、わざわざ何をしに来た」
「あー、その、な。木簡造りのコツって奴を聞きにな」
「……木簡の?そんなもの、ベナウィにでも聞けば良いだろう」
「分かってねぇなぁ!そんな情けない事を、敬愛する上司に聞ける訳ねぇだろう?」
「……それも、そうか」
「そうそう。……で、これは何をしてるんだ?」
「武器防具の在庫数を上げている。在庫の確認と補充分の予算を立てる為だ」
「……いや、そうじゃなくてよ。どうして地面なんかにぐちゃぐちゃ書いてるかって話のほうだ」
「……あぁ。木簡なんかにいちいち書いていたら時間がかかる。何より、勿体無いだろうが」
「……へ?」
「だから、どうせ捨ててしまう覚書きなら、木簡など使わなくても良いだろう。必要なことだけ、清書して使う」
「……ほぉー……そりゃまた……良い心がけで」
「馬鹿にしているのかっ!?」
「いや、そうじゃねぇ……。本当に、感心してるんだよ」
「…………」
「あっちもこっちも木簡だらけになって、それを清書すんのに苦労したもんだが、こりゃぁ俺の性にも合いそうだ」
「慣れないと難しいぞ」
「慣れれば早ぇんだろ?」
「……まぁ、そうだ」
「上等、上等!……そうだ、若大将さんよ」
「……何だ」
「そうだな、例えば……。この、弓矢の補充に関して清書するなら、どう纏める?」
「……そうだな……。こう…………」

 地面に枝で書かれた文章が浮き上がる。
 完結に纏められた内容に合いまった、見本のように綺麗な字だ。

(……こりゃ、すげぇ。若大将に、こんな才があったとはねぇ)
「……と、こういう風に……おい、ちゃんと聞いているんだろうな」
「ん?お、おう。見事なもんだ」
「こ、これ位の事、出来て、当然だっ!」
「ほー、そうかい。ま、そんだけ出来りゃ、総大将も助かるだろうな。手伝ってやりたくて、覚えたんだろ?」
「? いや、そういう訳じゃない。子供の頃に叩き込まれて、それで出来るだけだ」
「子供の頃にって……こんなもん叩き込む親なんざ、居るもんか?」
「他所は知らん。だが、集落を養うにも、こういうことはそれなりに役に立っていたぞ」
「……そういうもんかね」
(……確か、若大将も何かと訳有り、だったな。没落した豪族の若様ってのも、眉唾じゃねぇってことか)
「しっかし、分からねぇもんだ。あの大将が褒めてたぜ」
「……そ、そうか……」
「遠慮せずに、手伝いに来りゃ良いだろうに。大将はいつでも、猫の手だって借りたいくらいなんだからな」
「遠慮というか、俺は、こういう作業は性に合わん。こういう事は、得意な奴に任せれば良いだろう?」
「それを総大将が聞いたら何て言うのかねぇ。お前さんが木簡処理出来るとなりゃ、引っ張り蛸だろうぜ」
「なっ……!……貴様、兄者にバラしたら、命が無いと思え……!」
「そんなに嫌か。ま、気持ちは分かるぜ。安心しな、バラしゃしねぇよ。俺も、若大将との訓練を削られるのは困るんでな」(笑顔)


*上とは話変わって。繋がっているようにも思えるけど、繋がってない。


「兄者、邪魔するぞ」
「オボロか。いや、ちょうど切りがついた所だ」
「頼まれていたものを持ってきた。目を通してくれ」
「あぁ、歩兵の部隊編成案か。急がせて悪かったな」
「いや、今は部隊の再編成が急務だからな。これでも遅いくらいだ」
「そうか、すまないな」


「……オボロ」
「何だ、兄者。……不備でもあったか?」
「あぁ、いや。少し可笑しなことを聞くが、この木簡を清書したのはベナウィか?」
「いや、違う。あの男に、こんな仕事をさせる訳にはいかないだろう」
「そう、だな。そんな暇もある筈は無いか」
「兄者、いきなりどうかしたのか?」
「……いや……似ている気がしてな」
「?」
「分かり易く綺麗に整えられた内容もそうだが、特に字がな。そっくりだ」
「……そう、か?今まで気にした事は無かったが……」
「ベナウィでないのなら、誰が清書したんだ?これだけ出来るのなら、こちらの手伝いに回して欲しいものだが」
「あ、いや……。それは、俺が清書した。時間が無かったから、纏めたのも写したのも俺だ」
「オボロが!?」
「そ、そんなに驚かなくても良いだろう!?いつもは部下に回すが、見直しに時間を割く余裕も無かったし、自分で全てやった方が早かったんだ!」
「では、いつも提出されるミミズののたくったような字は、お前のものじゃ無かったのか!?」
「なっ!?あれを俺のものだと思っていたのか!?」
「す、すまん……」
「……いや、別に謝られる程のことでも無いが……。署名の字と、全く違うだろう」
「あぁ、まぁ、そうなんだが……。あれは、名前くらいは綺麗に書けるのだろうと、まぁ、そういう風に……」
「……兄者、俺のことを何だと思っているんだ……?机上仕事でも、最低限のことくらいは出来るようにしているつもりだ」
「そうか……。……そうすると、オボロ。お前、木簡処理が出来る訳だな?」
「まぁ、ある程度のことなら……」
「そうか!いやー、良く出来た義弟を持って、私は幸せ者だ」
「あ、兄者……!」
「時にオボロ、これから時間はあるか?」
「え?……あぁ、少しなら」
「で、は!!」

 ばーん!とオボロの目の前に大量の木簡が山積に。

「あ、兄、者……?」
「手伝って、くれるな?」
「あ、う、俺は」
「逃がさない」(にこり)







オボロはやれば出来る子シリーズ(?)木簡編。
こんなネタばかり浮かぶ。
そして相変わらずベナウィとの絡み無し。それで良い……。