クロウの足音が止まった。ベナウィも足を止める。数歩先には分かれ道があった。 皇城内に進入した反軍に続く道と、その反軍が目指す玉座に続く道と。そのどちらもが、地獄(ディネボクシリ)へと続こうとしていた。 振り向けば、戦に赴くとは思えない程暢気そうな顔のクロウが居た。 「……大将が、聞きたくないみたいだったんで、今まで言わなかったんですがね」 予想がついた。けれど、彼の言葉は止められないと解っていたから、渋面が浮かんだ。 「俺はね、大将が好きです」 あっさりとそう言って、彼はベナウィの手を取った。引き寄せられた手の甲に、彼の唇が触れた。皇族に対するような恭しさでありながら、その瞳は、欲に濡れた獣のようで。ベナウィの背筋をぞくりと粟立てたものは、歓喜でもあり、恐怖でもある。 「……勿論、抱きたい、という意味の、ですぜ?」 弾かれるように引いた手は、思うよりあっさりと開放された。見やったクロウはいつもの通りで、先程の、滴るような雄の気配は、微塵も感じられなかった。 「これで生き残っちまったら、俺は憤死もんですねぇ」 「……私は、受け入れませんよ」 視線を逸らし、瞳を合わせずに紡ぐ言葉では、真実味など無い。それでも、言える言葉はこれしかなかった。 「別に、構いやせんよ。そんなら、常世(コトゥアハムル)で口説き直すだけっすからね」 「クロウ、貴方は……っ!」 事も無げに言う彼を、いっそ憎しみさえ篭る程の視線で睨み付ける。それでも彼は、笑っているのだ。 「なぁ、大将。俺達にも、大神の加護が得られたなら、常世(コトゥアハムル)でも地獄(ディネボクシリ)でもない、この世(ツァタリィル)で逢いましょうや」 分かれ道に立って、にかっと笑うクロウの後ろ、そこに続く道には、光が見えた気がした。 「もし逢えたなら、今とは違う返事を、聞かせて貰いやすよ」 外套を翻し、走り去るクロウの背を暫し見送り、瞼を閉じる。踵を返し、開いた目に映った我が道は、何処へと続いていても構わない。 ただ、彼の歩む先は、ツァタリィルであれと、祈る。
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