侍大将執務室に居たのは、ベナウィだけだった。背中合わせでどかりと腰を下ろせば、少しだけ彼の緊張が伝わった。 「大将、俺の事、振っちまってくれやせんか」 「何故ですか」 「俺は、振られちまった、と思っていたんですがね」 「……ならば、この問答は無意味でしょう」 「生きて逢えたら違う言葉を聞きたいって、言いやしたよね」 「…………」 「見返りを求めた訳じゃありやせん。大将の本音を引き出したかっただけで。ただ、それが重荷だってんなら、そんなもんになりたかった訳じゃないっスからね」 「その言葉すら重荷になると、考えませんでしたか」 「そりゃ、解ってやすよ。ただ、勝手に重荷を担がれるよりは、この方が良いでしょうや」 「……貴方は、それで良いのですか」 「俺は大将を支える柱でいられりゃ、それで満足ですからね。大将に振られたって、それは変わらないっスから」 「私が、貴方を遠ざけるかもしれないとは、考えないのですか」 「そうなら、とっくにそうしてる筈でしょうや。違いやすか?」 「大した自信ですね」 「だって大将、俺の事、好きでしょう。俺と同じかどうかは判りやせんが、ね」 ベナウィから緊張が抜けたのが判った。とん、と、背に羽のように軽い重みが加わった。 「……ならばどうして、振られようとするのです」 「大将が、それを望んでいると思ったんですがね。違いやしたか」 「……違いません。けれど、私はそれを言いたくないのです。……それも解った上で、言っているのですか」 「そうなら良い、とは思ってやしたけどね。なら、期待しちまいやすが、良いんで?」 「……ご勝手に、どうぞ。その代わり、貴方も荷を背負うことになりますよ」 「こんな荷なら、大歓迎で背負いやすよ」 「……貴方は、馬鹿です」 「大将程じゃありやせんよ」 「それにね、大将。お互いで持ち合う片想いなら、両想いと同じだと、そうは思いやせんか?」
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