「クロウ、その棚の一番上にある木簡ですが…」 「ん?あぁ、これっスか?」 「えぇ。そうです」 「取れば良いんですかい?」 「えぇ、私では届きそうにないので、クロウ、貴方が……」 「…よいしょっと」 クロウの太い腕が細いベナウィの腰に巻きつき、その身を易々と持ち上げた。ベナウィが淡く頬を染める様子にも気付かないのか、暢気そうなクロウの声がかかる。 「ほい、どうです、大将。届きやすか」 「……クロウ、貴方は……」 「はい?何スか?これで届きやすよね」 「……届きますが、そういうことではなく……いえ、もう良いです。……取りましたから、降ろして下さい」 「ほいよ。相変わらず、軽いっスねぇ、大将は。……っとこりゃ失礼を」 「…全く、誰が抱き上げろと言いましたか。貴方の手が届くならば、取って欲しいと、そう言いたかっただけなのですよ?」 「すいやせん。俺もちっと届きそうになかったんで……」 「それならば台を用意しました」 「そんなことするより、あの方が早いっスよ」 「そういう問題ではありません。……全く、執務中なのですよ。部下に見咎められたらどうするのですか」 「俺はそんなこと気にしやしませんが……執務中ってのは、確かにマズイっスね。以後、気をつけます」 クロウの顔には満面の笑顔。その何処を見て信用できると言うのだろうか。 「……本当に気を付ける気があるのですか……」 呆れたベナウィの物言いにも頓着せず、クロウの顔が近付き、ベナウィの顔に影を落とした。 瞳を瞠る間に、触れるだけの口付けが落とされていた。 「褒美はこれで」 クロウのしてやったりな満足げな表情に、ベナウィはわなわなと自分の唇を覆う。 「さ、先程、気を付けると言った傍からこんな……!」 「あっと、そうでした。今度こそ、以後気を付けるよう善処します」 あっさりそう言ってにやりと笑う副官を、強く叱る事も出来ず、まして、嬉しいなどと感じるようでは、ベナウィには返せる言葉など無かった。 気を取り直して作業を再開しようとした矢先、クロウの背中にどすっと衝撃が襲った。それは飛び掛ってきたアルルゥによるものだった。 「アルルゥも抱っこ、する」 見上げるアルルゥの瞳は期待にきらきら輝いている。どうやら見られていたらしい。先程の口付けを見られたとしたなら、ベナウィにとっては憤死ものだろうが、まぁ、見られたものは仕方が無い。 頬から耳を赤く染めて、他人が見ても分からないだろうが、怒りと恥ずかしさで震える大将には、大丈夫っスよ、と目配せしておいた。 「いいっスよ。ほれ、どうっスか〜小さい姐さん」 「ん、よく見える」 「ベナより、アルルゥの方が高い」 アルルゥは自慢げにベナウィを見下ろした。アルルゥはクロウにも懐いてくれている。ベナウィと仲が良さそうにしているクロウを見て、嫉妬したというなら嬉しい話だ。 「……はぁ。そう、ですね」 大将の方は、どう反応して良いのか分からないのか、困惑顔になっていた。 これで、さっきのことを忘れてくれればありがたいが、そうもいかないだろうなぁと、クロウは小さく苦笑した。 叱られたって嬉しいのだから、重傷だ。
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