紫琥珀の記憶




「ハウエンクアの右目が見たい」
 まだ幼いクーヤ皇女は、無遠慮にハウエンクアを指差した。
「ク、クーヤさま、ダメですよ!ハウエンクアさんの眼には、深い事情が……」
 サクヤの発言は、彼の眼に何かあることを明らかにした分だけ、彼女の興味を余計に引くことにしかならず、逆効果なだけだった。
「事情とはなんなのだ?余だけ知らぬのは、可笑しいではないか」
「……知りたいのでしたら、教えて差し上げても構いませんよ、クーヤ様」
「本当か!?」
 どんな話を聞かされるとも知らず、皇女は瞳を輝かせた。
「ハウエンクア、止めろ」
 彼が話す筈は無いと知りながらも、制止に入る己は臆病者だろう。ハウエンクアはヒエンの言葉を無視し、機嫌を増したように見えた。
「ただ、聞かされた話でクーヤ様がご不快になったとしても、僕は責任を持ちませんよ……?」
「それではどういうことか、よく判らぬではないか。判るように言うが良い」
「クーヤ様が、夜恐ろしさに眠れなくなっても責任は持たない、といっているのさ。痛くて苦しくて恐ろしいお話……これで判ってもらえたかな?」
「ハ、ハウエンクアさん、あの、お願いです……クーヤ様に、そんなお話は……」
 サクヤが身を震わせて懇願する。
「どうして?クーヤ様がお聞きしたいと言っていらっしゃるんだよ?ねぇ、クーヤ様?」
 クーヤはハウエンクアの血に濡れた色の瞳に射られ、身を退けかすかに震えている。怯えているのだ。まだ幼く、戦場の有様どころか、血の一滴すら目にする事などないだろう彼女には、酷だろう。
「止めろ、ハウエンクア。それ以上の無礼は許さんぞ」
 ヒエンが割って入ると、予想していたとばかりに、彼は笑みを深めた。
「それはどうも、失礼を。フフフ……ハハハハハハ……!!」
 笑う声に余計に恐ろしさを感じたのか、クーヤは身を硬くし、泣くのを堪えるのに精一杯のように見えた。それでも、彼女は皇女だった。
「よ、余は、興が冷めた!その眼の話はもう良い!……ゆ、行くぞ、サクヤ」
 威厳を保ち尊大な態度を。それが皇となった暁に、彼女に求められる挙動であった。それを、彼女はもう知っていた。


 二人が場を離れた後、ヒエンは彼を責めるように睨み付けた。ハウエンクアが肩を竦めてみせる。
「怒るなよ。話す気なんてなかったさ。あんなお飾りの皇女に、話す価値なんて一欠けらも無いんだからね」
 見せ付けるように掬い上げられた銀の髪、露になった右眼には、紫琥珀が煌いている。それが、彼の本来の瞳の色だった。


 あの悪夢の日、彼の左眼は血の色に変わった。母の血全てを吸い、固めたように。
「……こんな忌々しい瞳、本当は抉り取ってしまいたいよ……!あの日、僕は変わった。それなのに、この瞳だけは変わらなかった。僕に……幻と言う悪夢を見せる、この瞳だけが!!」
「……幻なんかじゃない、それが映したモノは……」
「……でもね、僕はこの瞳を抉ったりはしない。……だって、お前が綺麗だと言ったから。この、瞳の色を。幻を視て、喜び、そして、絶望するから、ねぇ?」
 ハウエンクアの狂った笑い声が響く。ヒエンには慟哭にしか聞こえぬそれが、常にヒエンを責めて已まない

 『綺麗だよ。紫琥珀の色だ。希少な石の色と、同じなんだぞ』
 『……本当?……嬉しいよ。僕にも、ヒトと違うものがあったんだね』

 今よりずっともっと幼かった、無邪気だった頃の記憶。
 彼は、覚えてくれている。それが、嬉しい。それを思い出すことが出来るから、彼の言うとおり、ヒエンは幻に歓喜し、絶望することを、止められぬのだ。







某Kさんの所でハウの目の話が話題になっていて、うっかり忘れていた私は、とりあえずこんな妄想をしてみました(笑
元は黒髪紫目。今は白銀赤目+紫目
オッドアイとか、面白いんじゃないかなーと思ったので
オッドアイの固体は視力が弱いんだったか、耳だったか、綺麗なんだけど、弱いそうですね。
ハウエンもそういう弱い、自然の摂理から少し外れた生き物になってしまった、というような……妄想ですが何かーー!(開き直った)
オッドアイネタも盛り込むつもりが、入れる隙間が出来ませんでした。