お稲荷御殿・狐ノ章



*呪いを解いた後の一族と京と天界を適当妄想捏造した小話。
*クリア後ネタバレ若干注意!

作中一族


風早(カザハヤ)悩み:字が下手(38歳)←大雑把に計算した一般人での年齢


水那(ミナ)趣味:夜釣り(30歳)


珊瑚(サンゴ)信条:整理整頓(24歳)


茜(アカネ)夢:刀鍛冶(16歳)


風嘩(フウカ)好物:ぼたん鍋(10歳)←風早とお紺の娘




「お帰りなさいませ、当主様!お怪我はないですか?」
「ただいま。見ての通りだよ。あとな、イツ花。また言ってるぞ」
「はい?」
「『当主様』」
「ああッ、そうでした!」
「お帰りなさいませ、風早様!」
「……『様』もなぁ……。風早って呼び捨ててくれていいって言ってるだろ」
「ムリですよォ。ず〜〜っとこれでやってきたんですから、ちょ〜っと変わったくらいじゃ、変えられません」
「……ちょっと、ちょっとね……」

 十六人も住める(らしい)広い屋敷、使っている部屋は少ない。今は五人とイツ花で六人だ。七人から一人減って、風早が当主になった。今では名目上のものでしかないが。

「……ちょっと、か……」

 額に手を当てる。当たり前にそこにあったものは、もうない。
 それなのに、だ。
 未だ『鬼を狩る一族』は健在だ。

「お帰り」
「ただいま」
「討伐、一人でも大丈夫だった?」
「見ての通りな」
「…そうみたい」
「前と違って弱い鬼が多いからな」

 代々の当主が使ってきた部屋を今は風早が使っている。その部屋の前で珊瑚が出迎えてくれた。相変わらずの無表情である。部屋に促して畳に腰を降ろした。

「…あ」
「…なんだよ、腰の剣抜いたくらいで、散らかすなとか言うなよ」
「抜くだけなら言わない。それを床に放り出したりしなければ」
「……さすがにそれはない……。今日のは『七星黒鬼刀』だからな」
「……それもそうね」
「で?何か用なんだろ」
「えぇ。風嘩がいないの」
「茜は?」
「茜のところにはいない。茜がいないから」
「……茜はどこに行ってる?」
「剣福さんのところ。風嘩の特注剣を取りに行ったの」
「……出かけてくる」
「夕飯には帰る?」
「たぶん。戻らなかったら水那呼び戻してくれ。いつものとこで夜釣りしてる」
「わかった。行ってらっしゃい」

「当主様!?どちらに…」
「かーざーはーや!」
「そうでした!『風早様』どちらに行かれるんです!?」
「風嘩、見なかったか?」
「え?…茜様の後ろをついてお出かけに……風早様!」
「そういうこと!夕飯までには帰るつもりだけど、何かあったら珊瑚に相談してくれ!」
「わかりました!どうぞお気をつけて〜!」

 逢魔が刻、というらしい。天からじわりと地上に浸食する闇。長く伸びた影が道端の草とともに風に揺れ、生き物のように動く。
 『鬼』は、そんな隙間の闇から生まれる…らしい。

「……何だ……?」

 薄桃色の花弁が目前を躍った。足を止めて見上げたそこには、見事な『朱』が空を切り取っていた。両脇には二頭の狐。
 お稲荷御殿。かつてその鳥居の上で下界を眺めた『神』も、本殿奥で泣いていた『鬼』も、今は天界へと還った。今はただの神域のはずである。

「……嫌な空気しやがって……!こっちは人探しに忙しいってのによっ!」

 鳥居をくぐると肌にまつわる空気が変わった。慣れた淀み、慣れた気配。
 参道を一気に駆け抜けると、目前に人影があった。見慣れたその後ろ姿は茜だ。剣戟の音。周囲に、鬼。
 とりあえず、一番近い鬼を一体斬り付ける。一撃。予想よりも弱い。

「……風早!?」
「迎えに来た……ぞ!」

 もう一体。やはり、弱い。
 茜の背に背を合わせる。
 風嘩は拝殿に腰をかけていた。その身に纏うのは神気。陽炎の術がかかっているなら、まず大丈夫だろう。

「ごめん、風嘩、ついてきちゃってて…」
「いいよ、風嘩が悪い」
「アタシは悪くないもん!」
「はいはい!……あいつが抱えてるの、特注剣だろ」
「うん、そう。自分の剣だから、って……っりゃ!」

 茜の槍が閃く。二体を同時に貫く手腕は相変わらず見事だ。

「……おかしくないか?」
「やっぱ、風早もそう思う?」
「こいつら、弱すぎる」

 瘴気は濃い。この濃さは、草葉の陰から湧くような『鬼』が出せるものじゃない。

「……瘴気に寄ってきただけだな、こいつら」
「たぶん。でも、元凶は?」
「……っと、他に理由がありそうだけど、な!終了!」

 最後の一体が霞となって消える。パチン、と鞘に剣を収めて一呼吸。準備運動にもならない。
 拝殿に腰をかけて高みの見物を決め込んでいた風嘩が、ひらりと降りた。

「…終わってないよ、まだ」

 彼女の抱えた剣が、震えている。何かに、反応している。
 拝殿の奥から禍々しい風が吹き付けて、風嘩の緑の髪をなぶった。

「……くそっ、訴えるぞ、天界め。手抜きしてるんじゃないだろうな」
「……どうする?風嘩入れても三人だけど……」
「どうもこうも……追い返すしかないだろ、とりあえず」
「そうだよねぇ……」

 穴が開く。そこから瘴気が噴出している。穴から覗く向こう側は、こちらと同じ。そこには、数か月前と変わらぬ『鬼』の跋扈する鏡写しの京がある。
 穴の向こうから白い腕が伸びた。長い指、長い爪、その優美な手指。
 風嘩が振り返った。緑の髪に伸びる指が、かすかに彼女の髪を梳いた。
 ため息一つ。風早は剣の柄から手を放した。

「……何しに来たんだよ……迷惑だな」

 くっくっ、と喉で笑って、狐はしれっとした顔をして言った。

「暇つぶしに、丁度良い」



「暇つぶしのためにこの穴開けたってんなら怒るぞ」
「そうだと言えば、どうする?」
 
 にたりと狐が笑んだ。
 彼の腕が風嘩の身をすくい上げ、懐に抱いた。風早も地を蹴り刀を抜き放つ。

 一閃。 

 刀の軌跡を追って、掠めた狐の金の髪が数本宙を舞った。
 苦鳴の叫びとともに、穴から這い出ようとしていた鬼が霞となって消える。
 ふわりと狐の袖が舞った。その真っ白な袖は、風嘩を鬼の瘴気から護っていた。
 鬼の怨嗟が大きくなった。瘴気も濃くなっている。
 『今』の狐の神気では抑えきれないのだろう。

「……おい、これじゃキリがねぇんだけど」
「いつまでもつかを眺めるのも一興。暇がつぶせる」
「……そうね、あんたがいつまでもつか、眺めるのもいいかも。もろとも狩られないよう、気をつけたほうがいいわよ」

 茜が一歩前へ踏み出した。構えた槍の先は、穴の向こうを狙うようでも、狐を狙うようでもある。
 神の姿でこの世に降臨するには、多大な霊力とそれ相応の場を要する。彼は、それを為してこちらに来てはいない。穴の向こうと繋がることで、一時的にこちらに干渉しているだけなのだ。
 それでは本来の力は半分も出せないはずだ。茜はそれに気付いたのだろう。

「茜、いいから」
「だって、風早!風嘩が…!」
「風嘩は大丈夫だよ。手出しできるはずがない。そうだろ?お狐さま」
「…………さて、どうだかな」

 好戦的な笑みを口の端にひらめかせると、片手を上げた。掌の上には真っ赤な狐火。
 一つ、二つ。
 指が弧を描くたび、狐火が数を増した。ぐるりと狐火が輪を描く。
 目の前の穴から無数の鬼の腕が伸びる。腕が肩に肩が上半身に。徐々に鬼の身体がこちらへ出ようとしている。

「狐次郎!止めて!」

 彼の腕の中で風嘩がもがいた。少しだけ彼の眉根が顰められたが、拘束は緩まない。
 白い袖が横に凪いだ。円状にとどまっていた鮮やかな狐火が一点に収束し、業火となった朱が空間を切り裂く。

「……チッ、時間切れか」

 鬼の怨嗟が遠のいた。こちらに出ようとしていた鬼は、狐次郎の花乱火で焼き尽くされた。
 風嘩がほっとした表情になる。彼女は気付かなかったようだが、そもそも狐次郎の殺気は、最初から鬼共にしか向けられていないのだ。

「……何、これ…。…神気…?父様を、超えてる…?ウソでしょ…」

 茜が呆然と槍を下した。あれほど濃かった瘴気が神気で浄化されていく。狐次郎のものではない。
 神気は、穴の向こうからこちらに干渉しているからだ。
 茜の父は氷ノ皇子。その彼を上回る神など、指折り数える必要もない。そんな存在は、天界に二柱だけなのだから。

「…多少の暇つぶしにはなったか」

 ため息一つ。彼は物足りない顔をしているが、逆らうこともできないだろう。まさに時間切れだ。

「……このまま一緒に来るか?おまえの母のそばにずっといられるぞ…?」
「……母、さま…と……?」

 風嘩が迷う表情を見せた。にまりと笑って狐次郎がこちらを見やる。
 しかし、彼が優越感に浸れたのも一瞬だった。

「痛っ……!?」
「狐次郎の……ばかっ!!」
「な……!おい……」

 風嘩がぼろぼろと涙をこぼして狐次郎を睨み付けている。
 笑い声が聞こえ振りかえれば、茜が笑いを必死にこらえていた。
 それはそうだろう。こんなに情けない顔をしたかの神は、なかなか見られるものではない。大事な耳を容赦なく引っ張られたことも、頭から抜けているようだ。

「アタシは、母様も大好き。でも、ここにいるみんなも大好きなの!そんなこと、知ってるくせに…!!」

 風嘩が狐次郎の腕を振り払って地に降りた。風早が膝をついて腕を広げれば、その腕にすっぽりとおさまった。多少なりとも、溜飲が下がるというものだ。

 穴は先ほどとうって変わって、どんどん小さくなっていく。それに合わせて眩しい光輝が広がり続けた。

「狐の娘を狐にくれてやる気はないぜ」
「……ふん……。俺の暇つぶしのために、せいぜい長生きすることだな、人間」
「アタシ、狐次郎のことも大好きだから!」

 光が狐の姿を包んで隠していく。
 姿が消える直前に、ふっと、かの神が笑った。

『…人間の女も、悪かねえな』

 風早には、そう聞こえた。

 瞬きのうちに光は消えた。後には何事もなかったかのように、見慣れた風景が戻っていた。
 神気が満ちている。お稲荷御殿の結界は、正しく元に戻ったようだ。

「……娘一人迎えに来るだけで、なんでこんなことになるんだよ、まったく……」
「アタシのせいじゃないもん」
「おまえも悪いだろ。勝手に出かけるな」
「……それは……ごめんなさい……」
「まぁまぁ。あたしも家に帰さず連れてきちゃったの、悪かったと思ってるんだ。だから、風嘩ばっかり叱らないでよ」
「……ったく。俺はもう迎えに行かねぇ」
「あはは、絶対無理だよー。家族みんなにめちゃめちゃ過保護なくせにさぁ!」
「うるせ」

 風嘩を抱いて立ち上がる。帰り道でもほいほいこんな騒動に巻き込まれてはたまったものではない。

「よし、急いで帰るぞ。夕飯に間に合わなくなる」
「了解。イツ花も珊瑚も待ってるもんね」

 裏京都とこちらを繋ぐ『穴』。塞ぎに来たのが彼だとするなら、元凶は彼ではない。そもそも今の彼に、そのようなことをする理由もないはず。
 ならば、天界の『想定外』か。

 (……この一件で、絶対終わらないじゃないか……)

 風早の嫌な予想は、すぐに正しかったと証明されることになる。







設定に穴あきまくりというか、ろくな説明をしていないのですが、その辺は読み手さまのご想像でお願いします…。
狐次郎さまと娘っ子の絡みが書けて満足です(笑