氏神にするということ



*氷牙と紫水が氏神になったときの話。
*話というか、ポエムです。いつもの^^;
*紫水→氷牙の腐設定ご注意。



 手を、伸ばせたのかどうか、本当はよくわからない。

『…あぁ、そんなに泣くなよ…』

 水晶みたいな雫の全てを、拭いたかった。



 ふと気づくと、どこか暗いところに立っていた。いや、立っているのかどうか、わからない。大地を踏みしめている感覚がないからだ。
 けれど、向かう方向はわかっていたから、歩いた。脳裏に浮かぶのは、家族の顔。そして、最期まで瞳に映っていた、紫水の泣き顔。泣き顔なんて、初めて見た。あんなに辛そうな顔も、初めて見た。そんな顔をさせたのは、自分だ。
 笑って送ってくれると、思っていた。天命だった。何人も、そうして見送ってきたのだから。

 
 ほんのり光が灯った。蛍が舞っている、いや、火の粉かもしれない。煌めく光の粉が、目の前で形を成していく。
 
 秀麗な面立ち、癖のある柔らかな髪。

『…氷牙』

「紫水…?」

 言葉にしてみて、違うとわかった。穏やかで、けれどどこか寂しそうな笑み。その髪、その瞳は、火の粉を集めた、焔の色。

『……ごめんね、会いに来ちゃった』
「……親父……?」

 寂しげな笑みが深まった。それが、肯定の証。
 
「……どうして、謝るんだ……。……俺が、そんな顔、させてんのか……?」
『……違うよ……違う……』
「じゃあ、なんで!……なんで、あんなに……」
『……大切な人の死が、辛くないはず、ないから……』
「…………俺、氏神になれるんだろ」
『!』
「……なんとなく、わかる……」
『……なれるよ。君が望めば、遺してきた家族は承諾すると、言ってる』
「迎えに来てくれたのか?」
『……違うよ。ただの、僕の我儘だ』
「……俺、氏神に」
『氷牙!』
「俺、あいつに言わなきゃいけない!まだ、俺にできることがあるなら、俺はできることをしたいんだ!」
『……わかった。でも、ごめん。やっぱり僕は…君に会うべきじゃなかったかもしれない』

 闇に光が灯った。持ち上げた腕が、仄かに光を帯びていた。氷牙の体が燐光に包まれている。

『……また、ね』

 顔を上げると、そこにはもう、紫焔の姿はなかった。目の前には、ただ一本の光の道があった。



********************



 自分でも、驚いていた。彼の死期が近いことは、すぐに気付いた。迫るその日を、覚悟したつもりだったのに。
 
 言えば良かった、伝えれば良かった。それで、壊れたとしても。彼を、永遠に失う前に。

 そんな紫水に、彼は一筋の希望をくれた。氏神に祀られたのだ。
 自分も氏神になることができたなら、また、会うことができる。もう、失わずに、済む。
 
 氷牙を失った後、紫水もきっちり同じ歳月で死期を迎えた。少し、ほっとしている自分がいた。彼のいない生を、短く過ごすことができた、と。
 言いたい言葉を伝えられず、伝えずに持ったままも耐えられない、弱い自分が嫌だった。そんな無様な姿を、家族に長く見せずに済んだと思った。

 葉耶が泣いている。いつも勝気な葉乃までも。
 
『……泣かなくて、いいんだ……』

 伸ばした手は、届いたかどうか。

 真珠のようなその涙を、拭ってやりたかった。



 気づくと、闇の中にいた。行くべき方向は、知っていた。
 考えるまでもない。己に、資格があるのなら。

 ふわりと光が周囲を舞った。燐光を放っているのは、紫水の体だった。光の道が、ただ一本、伸びている。
 ずっとずっと、その向こうに、もう一つ、燐光があった。それが誰なのか、知っていた。
 歩いて歩いて、もしかしたら数歩だったのかもしれない、長くて短い道を行き、伸ばされた手を、取った。

 澄んだ空の色をした癖のある髪。結束ねたそれが、小さく揺れた。
 微笑みは、少しだけ哀しそうにみえた。







氷牙は紫水が逝くとき、紫焔のようにして会うつもりでした。
紫水も氏神になっちゃったんだけど、氷牙は紫水が氏神化する、しないは考えてないです。
…という説明だけ^^;
氷牙が紫水に言いたかったことは…まぁご想像で…。
甘い言葉でないことは確かですが^^;