乱暴に刀身を鎖に付き立て、彼の言葉を封じた。 『まるで、動物の瞳ですね』 口をついて出たのはそんな言葉だった。 彼を嘲りたかった訳では無かった。けれど、他に言葉が見つからなかった。 彼の、真っ直ぐな瞳を振り切って牢を出た。 変わらない輝きを持ったままの彼の御前に、己の身は相応しくなかった。 彼の瞳を見て思い出したのは、シシェの瞳だった。 紅水晶を嵌め込んだような綺麗な瞳は、まだ幼かったオボロが愛したものの一つだった。 いつ尽きるか分からない命を持ちながら、シシェの瞳は常に命の輝きに満ちていた。 自分には一生持ち得ないだろう輝きを、憧れを持って見ていた。それは、オボロの瞳の輝きと似ていた。もう、見ることの叶わない輝きを、彼女の瞳の中に見出していたのだ。 しかし、彼女の瞳がベナウィを癒してくれたのは、そう長い時では無かった。 シシェの身に生死を分ける発作が訪れた。苦しみの中、もう続く生が無いと理解しながらも、彼女の瞳は美しかった。その最後の灯火の輝きは、あの日の炎を映したオボロの瞳と酷似していた。 その時の瞳を、思い出していた。そうして口をついた言葉は、ベナウィにとって、最上級の褒め言葉だった。 シシェは、大神の加護を得たのか、その病を越えた後、体調を崩す事が無くなった。その奇跡の代償なのか、あの宝石の瞳は濁りを帯びた。 彼女の瞳の輝きが鈍くなった訳では無い。それでも、失われた紅の色に、僅かに残っていた望みを絶たれた気がした。 もう一度、彼とまみえたいという望み。 絶たれた筈の望みは、最悪の状況で叶えられた。 再びまみえた彼は、盗賊家業に身をやつしていた。乱暴な態度、無謀な行動、それらは皇の器に相応しいとは思えないのに、彼の瞳の輝きは変わっていなかった。 変わっていないという事を確かめたくて、彼の逃亡を幇助し、本来なら赴くべきでは無い、囚われた彼の元へも赴いた。 本当は、再び彼とまみえたその時に、もう知っていたのかもしれない。腐敗した國の命運は尽き、大神の名を戴くあの男が、新たな風を吹き込む。その隣りに彼は居て、己は居ないのだということを。 獄に繋がれ、命の最期を迎えるその時も、彼は皇の器のままだった。 家族を愛し、民を愛し、その為に己の身を差し出せる、優しい、優しすぎる我が皇。 嬉しかった。オボロを愛した心だけは、間違っていなかったのだから。 微かに聞こえるのは、戦の音。地下深い牢へも届くという事は、もう、そこまで敵が迫っているのだろう。 忠誠を誓った皇によって獄に繋がれ、このまま敵の手にかかるのが、大神の与えた罰なのかもしれない。 それでも、もし少しでも慈悲を賜れるのならば、一國の侍大将としての責任と義務を果たさせてはくれないか。 彼に恥じない最期を、迎えさせてはくれないか。 石の床を踏む、静かな足音が聞こえる。 それは、大神が与えたもうた、許しを告げる、最初の福音だった。
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