新入生入学の頃には見頃だった桜も、今は花弁を散らして通学路を桃色に染め替えていた。うたわれ学園での三度目の春、この時を迎えてさえ、ベナウィの探し人は見つからぬままだ。 見慣れた通学路を見慣れぬ色に変える桜の花弁が、風に吹かれてベナウィの長めの前髪を擽った。乱れる髪を押さえて、風の行方を追いかけた先を、一人の学生が通り過ぎた。 瞬間、時が止まったような気がした。桜の花弁が彼の周囲を踊る、それすらもベナウィの視界には邪魔だった。瞬きの間に背を向け遠ざかる姿を、呆然と見送る。 成長していても、見間違えない自信があった。その自信は驕りでは無かった。確かに、一目で彼だと気付いたのだから。 「……大将?」 僅か後ろに控えるように歩いていたクロウが、気遣わしげな声をかけた。急に立ち止まったベナウィを不審に思ったのだろう。 「クロウ、先程通り過ぎた学生の名に、覚えはありますか」 「さっき通り過ぎた学生と言われやしても……沢山いやしたぜ」 「……髪の長い少女と双子の少年を連れていたでしょう」 「……あぁ、あいつらですかい。嬢ちゃんはユズハ、双子はドリィにグラァ、どっちがどっちかまでは知りやせん。で、あの細っけぇのは嬢ちゃんの兄貴でオボロってぇ名前の筈。……何か気になる事でもありやしたか」 「……いいえ。有難うございます」 クロウが困惑の表情のまま頭をかいた。 「はぁ、お役に立てて何よりですがね」 その言葉に返事は無く、そっとその表情を伺ったクロウは瞳を瞠った。 「……人が恋をする瞬間ってぇのは、こういう時を差すのかね……」 クロウの呟きは、春風に吹かれた花弁に乗って青い空へと舞った。
|