因縁をつけられていたのは、クロウに見覚えの無い顔だった。学章は一年、この春入学したての新入生のようだ。 喧嘩を売る側の顔には覚えがある。ヌワンギの手下共だ。数に頼って一年坊主にたかろうとしたのだろうが、その一年坊主の方に貫禄負けしている有様だ。ただ、少年の視線も、ナイフのように鋭く周囲に敵意を放っている。これでは喧嘩を売ってくれと言わんばかりだろう。 (入学早々に目を付けられるたぁ、ついてねぇ奴が居たもんだ) 見かけたからには放っておけない。クロウは一団の間に割って入った。 「よぉ。楽しそうな事をしてんなぁ。俺も混ぜてくれねぇかい」 「何だぁ、てめぇ」 「へぇ、俺を知らねぇ奴がまだ居たとは驚きだぜ」 啖呵を切る少年を、周囲の一人が小突いた。 「おい!こいつはやべぇ!」 「やべぇって……何がだよ」 「こいつはクロウだよ!副長だ!」 「……副長って、まさか『大将の犬』かよ!?」 クロウの脇を少年達が走り抜けた。顔は見知っているから、逃がしても構わなかった。一人残った少年は、困惑を浮かべてクロウを見ていた。絡まれた事実より、先程語られた内容が気になったに違いない。ばつの悪さを感じて頬を掻く。 「……怪我は、無さそうだな」 「あぁ。助かった、礼を言う」 「俺の助けなんて、必要なかったんじゃねぇのかい?」 少年の態度からしても、あの程度の小物を伸すのは容易そうにみえた。それを躊躇する程、お優しいとも思えない。 「今は、事情がある」 「事情ねぇ」 「若様っ!」 クロウと少年の間に、さっと割って入ったのは、こちらも一年生のようだ。顔は少女のようだが、学ラン姿ということは少年なのだろう。 「グラァ。ユズハは」 「ドリィが少し先の公園にお連れしました」 「そうか」 「……若様ぁ?お前、何か訳ありかい?」 「……お前の方こそ、『大将の犬』って何だ」 「大将ってぇのは生徒会長のことを言ってんだよ。俺は副会長だから、その犬って訳だ」 「……副会長?」 「俺はクロウ。お前さん達は?うちの生徒だろうよ。俺の顔は知らねぇかい?」 「知らん。入学式にも出ていないしな」 「そうかよ」 「……俺はオボロ。こいつはグラァだ」 「……若様」 「あぁ。……すまん、連れがいるんだ。じゃあな、礼は言った」 「あ、おい」 グラァと言う少年に急かされ場を離れようとするオボロに、クロウは思わず声をかけていた。普段は他人に干渉などしないのだが、どうにも気になった。 「また絡まれちゃぁ面倒だろ。その辺まで送ってやるぜ」 「余計なお世話だ!」 「お前さんにとっちゃそうでも、その、ユズハってぇのかい?そのお連れさんにはどうだかなぁ」 「……貴様っ……何を企んでいる!」 「あのなぁ。人の親切をそんな風に言うもんじゃないぜ」 「信用出来るほど、貴様を知らん」 オボロはグラァを連れて素早く場を離れた。追う気が失せるほど速く姿は遠ざかり、人ごみに消えた。 「……またこりゃぁ、大変な若大将が入ってきたもんだ……」 新しく赴任してきたハクオロという教師と良い、今年は波乱含みになりそうだった。
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