「い〜い天気だ。春眠暁を覚えずたぁ、うまいこと言ったもんだぜ」 ごろりと土手の青草に寝転んだクロウは、言葉通り、そのまま眠ってしまいたそうな顔だ。澄んだ青い空と、柔らかで温かな風は、確かに睡魔を誘われた。 「あぁ。ユズハにとっても過ごしやすい、良い季節になった」 寒の戻りで曖昧だった気温も安定し、ユズハの体調も落ち着いている。苛烈な夏の日差しが訪れるまでの安息の季節、それが今の時期だった。 「部活が無い放課後ってのも、たまには良いもんだな」 クロウは寝転がったまま、駄菓子屋で買ったようなスティックジュースを飲んでいた。いつの間に何処から出したのだか、気付かなかった。 「……おい、クロウ。お前だけ、どうしてそんなものを持っているんだ」 「あん?気付かなかったのか。さっきすれ違った後輩が、一本くれたんだよ」 「後輩って、制服が違っていたが」 「まぁ、色々居るんだよ、他校にも」 クロウは他校にも知り合いが多いらしい。剣道の部活試合で、対戦した他校生と意気投合したり、クロウの気さくな性格なら分かる気がする。あの大柄な見た目の割りに、気配りが出来る優しい男なのだ。ただ、それに気が付いたのはまだ最近の事なのだが。 日差しの下にいれば、温かさを通り越し少々暑い。クロウの飲む冷えたジュースが、無性に羨ましく見えた。 「……なぁ、そのジュース、俺にも一口くれないか」 「へぇ、珍しく素直じゃねぇか」 「…………わ、悪いかっ!」 「いんや。……ほれ」 「………ぁむ……ぅむううぅ………!」 クロウこそ素直に差し出す、と思いながら咥えたそれだったが、飲もうとするオボロに反し、期待したジュースは少量しか口を潤してはくれない。 「……ぷはっ!……クロウ、貴様っ……!途中を押さえられたら、全然飲めないだろうが!」 「当ったり前だろ。貴重な一本を、無駄にやる気はねぇっての」 にやっと笑うクロウの顔は意地悪そのものだ。先ほどの、気配りの出来る優しい男、という己の思考を即座に全否定する。 「相変わらず、食い物に関しちゃ懐の小さい奴だな!」 「何とでも言え。…………っと、ごちそうさん」 今まで、オボロが口にしていたなんてことを、まるで気にした風も無く、あっさり口に咥えたそれは、数秒で空になった。 男同士の事、オボロとて、クロウが飲んでいたものを貰う事に抵抗は無かった。不思議な事でも無いのだが、嬉しいような、悔しいような気持ちが、胸の中にもやを作った。 「……くそ、もう帰る」 「そうだな、そろそろ帰るか」 立ち上がったオボロに倣ったクロウは、オボロを先んじて土手を滑り降りた。そして、オボロに両手を差し出した。手を貸す、という事だ。 「ほれ、若大将」 「一人で…………」 「ん、何だぁ?」 「……いや、何でもない……」 クロウの表情は馬鹿にしたそれでは無く、ごく当たり前の事をしているつもりのものだった。 (……クロウにとっては俺も後輩で、保護対象の内ってこと、か……) 土手を降りるオボロを支えた優しいその手は、大きく温かで。 それが悔しくて、嬉しかった。
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